橋本裕の日記
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2005年04月17日(日) 土地問題の結末

 母から土地謄本のコピーを見せられて驚いた。コピーは10枚ほどもあり、そこに山林や田畑が30カ所以上も列記されていた。随分たくさんの土地を所有しているようだが、よく見てみると、大部分は小さな飛び地である。細切れの土地があちこちに散らばっているので、財産目録が大きくなったわけだ。

 どうしてこんなことになったのか。それは一言で言えば、先祖が強欲だったからだろう。例えば父は生まれてすぐに養子に出された。しかし、養父母が死ぬと、父はすぐに籍を戻されて、実家に帰った。そのとき養子先の土地もおみやげにいただいたのだという。

 これは私が高校生の頃、父から聞いたことだが、土地の登記簿を見て、私が真っ先に思い出したのはこの話だった。これはとんでもない詐欺行為ではないだろうか。こんな手を使って、先祖はあちこちの田畑や山林を買い占めた結果が、この複雑な登記簿なのだろう。

 その目録に記載された土地の所有者は父の名義のものと祖父のものとがある。問題の屋敷の土地を見ると、半分は父の名義になっていたが、残りは祖父のままになっていた。その理由を母に訊ねると、こんな答えが返ってきた。

「長兄が死んだ後、遺族が日本に帰りたいと言ってきたの。すでに約束では長兄の一家は相続権を放棄していたわけだけど、長兄の死で事情がかわって、相続の手続きを依頼したときには、素直に財産分与に応じなかったのじゃないかしら。そこでお父さんも、ひとまず半分だけということで妥協するしかなかったのでしょうね」

 父が田舎の家を相続したのは30年以上も前のことで、母の記憶も曖昧だった。しかも母は田舎の家を継ぐことに反対していた。そんなわけで、父も相続の問題について、母にはあまり相談しなかったらしい。

 父が死んだいま、祖父名義の土地を弟の名義に書き換えるには、父の兄弟ばかりではなく、ブラジルにいる長兄の遺族にまで了解を取る必要がある。彼等がこちらの要求に応じるかどうかわからない。これを機会に、再び財産の分与を要求してくるかも知れない。

 長兄が財産を譲ると言ってきたわけだから、その手紙があればよいような気もするが、法律上はそれほど単純ではないようだ。母はこの問題で何回か市民サービスの法律相談を受けていた。

「法律上はブラジルの遺族にも権利はあるようだけど、お祖父さんが死んで30年間も税金を払い続けたのよ。山林の世話をしてきたのも私たちだし、今さら土地を返せと言われてもね。だけど、お父さんが解決できなかった問題を、私たちが解決できるわけがないわね。この問題は触れないでおいた方がいいわね。ブラジルの遺族や伯父達も、いまのところ何も言ってこないのだから」

 しかし、Yさんが北陸電力に相続権が曖昧だと言っていた。伯父さんをはじめ親戚はこの問題を知っている違いない。ブラジルの遺族を動かして、私たちから山や畑をとりあげようとするのではないだろうか。

 私たちのこの予感はやがて現実のものになった。Yさんはこのころすでにブラジルの遺族と連絡を取り合っていたらしい。やがて親戚の一人から、「ブラジルの遺族に財産を半分譲ってはどうか」と提案があった。

 母が法律相談に行くと、「これはむつかしい問題です。相手次第ですが、裁判になるかも知れません」と言われた。「そんな面倒くさいことはたまらない」という訳で、相手の条件を全面的に呑むことにした。こうして祖父の名義分の土地がほとんど長兄の遺族の名義に書き換えられることになったわけだ。

 屋敷の土地の半分は私たちの手を離れ、Yさんはそこを今は自由に使っている。Yさんの薦めに従って、倉を壊し、屋敷跡に父が植えた杉の木を切ったことが仇になったわけだ。父はこうした成り行きを見越して、「屋敷の木を切るな」と言ったのだろうか。これについては、なんとも言えない。

 Yさんの家は父の母方の実家だった。小学生の頃母を亡くした父にとって、Yさんの家はなつかしい母の実家であり、父が心を許し、さびしさを紛らわすことのできる貴重な場所だったという。Yさんとは従兄弟同士だが、兄弟のよう育った。

 さらに脳卒中で倒れた祖父の食事の面倒を見てくれたのもYさんの一家だった。私たちの一家はYさんにはたいへんお世話になっていた。こうしたことを考えれば、一概にYさんを非難する気にもなれない。実際、母や弟はYさんともふつうにつき合っている。

 「土地を盗られた話」という題で書き始めたが、立場を変えればまた違った題が浮かんでくる。「それは盗られた土地を取り戻す話」である。

 「子孫の為に美田を残さず」という言葉がある。私自身も子供に財産を残そうとは考えない。親の財産などないほうが、子供はまともに育つ。あれば兄弟姉妹の喧嘩のもとである。なくなってむしろ清々した部分がある。おかげで、私と弟は財産のことで一度も喧嘩をしたことがない。


橋本裕 |MAILHomePage

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