橋本裕の日記
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2005年04月12日(火) 極楽とんぼ

 私はどちらかといえば、極楽とんぼである。そもそも性善説なのだから、まずは人を信用する。たとえ裏切られても、何かの事情があるのだろうと考える。生まれつきどうしょうもない悪人はいるだろうが、それも生まれつきとなればしかたがない。彼が悪いのではなく、進化の仕組みの一貫だから、彼を悪人とするわけにはいかない。

 こうした極楽とんぼの生き方は敵をつくらない。敵がいなければ攻撃されることもない。人と喧嘩することもないし、たいていの人は親切にしてくれる。友人もたくさんできる。和気藹々としていて、人生が楽しい。

 昨日の日記で紹介した友人のAさんは、私の極楽とんぼぶりをみて、「橋本君は、あまいな」という。「人間なんて、一皮むけば欲のかたまりなんだから」という。そしてその実例を、私にいろいろと示してくれる。

 たとえば、こんなことがあった。もう十数年前だが、その頃私はAさんと一緒の職場で、同じ卓球部の顧問をしていた。私が正顧問で、彼が副顧問だった。卓球部は夏休みに、数日間学校の合宿所に泊まり込みをする。

 顧問の私たちは、保健室で寝泊まりするのだが、彼と二人でよもやま話をしながら缶ビールを飲んでいると、二人の若い教員が「ごくろうさまです」と、差し入れのビールやおつまみを抱えてやってきた。4人でしばらく盛り上がったあと、二人は帰っていった。

「親切ないいやつらだね」
 と私がいうと、さっそくAさんは、「だから君は、極楽とんぼだというんだ」と、私の認識がとんでもない見当違いだといいはじめた。

「何のために彼等がやってきたのか、君は何にもわかっていないんだね。彼等が善意でやってきたと思うのかね。彼等はだだ、教頭に言われて、僕らがちゃんと仕事をしているかスパイにきただけなんだよ」

「それはどうかな。僕はそんなふうに、彼等を考えたくはないね。教頭もそこまでやるかね。そこまで僕たちを信用していないとは思いたくないね」

「わかった。それじゃ、今から証拠をお目に掛けよう。二人が保健室に入ってきて、どういう行動をしたか思い出してごらん。彼等はベッドの方に行ったよね。そして、君が読みかけていた本の方に視線を投げただろう。それから・・・・」

 Aさんの言うとおりだった。思いかえしてみれば、二人の行動や目つきにはおかしなことが多かった。Aさんは二人が入ってくるのを見たとき、「やはり来たか」と思ったという。教頭の性格を考えればスパイを送ってくるのは分かっていたし、来るとすればあの二人だということも分かっていた。Aさんはスパイに来た二人を、逆にスパイしていたわけだ。

 Aさんは「人の心の底が見える」のだという。そうすると、私のように「極楽とんぼ」ではいられなくなる。だからよけに、私のような世間知らずのお坊ちゃんに好意をもつのだろう。いつか好意は友情に変わり、私にとっても彼は世間を知る貴重な情報源になった。

 Aさんのおかげで、私はその学校の人間模様がよくわかった。教頭をトップにスパイ網がはりめぐらされて、教員一人一人の言動が見張られていること。教頭も誰かが印刷した後、必ず印刷室へ入り、その印刷物をチェックしていること。誰もいなくなった職員室で、教頭は教員の机の引き出しをあけ、中身をチチェックしていること。

 にわかには信じられないことばかりだったが、Aさんの話は具体的な裏付けがあり、そのまま事実として認めるしかなかった。私のクラスの副担任をしていたBさんは、そのことに気付いて、帰りに机の中に「勝手に覗くな」と書いた紙切れを置いておくのだという。

 雰囲気が暗く、毎年自殺者や病気で死ぬ職員が出ている。「今年はだれの番かな」というのが話題になる。Aさんは、「こんな学校にはあまりいたくない」という。私も転勤することにした。私と同時にAさんも転勤した。

 私が転勤した翌年に、Bさんが自宅で首を吊って死んだ。彼から毎年送られてきた家族写真入りの年賀状がそこで途絶えた。そしてその翌年には、教頭がガンで死んだ。やはり、Aさんと一緒に転勤してよかったと思ったものだ。

 こうした点で、Aさんにはとても感謝している。しかし、彼のような生き方はあまり幸せな生き方ではないだろうと思う。私にはスパイに来た若い二人にしても、これをスパイと切り捨ててしまう気にはなれない。彼等の気持ちの中にはもっと別の感情もあったはずだ。教頭も職務に忠実な余り狂い、ついにはガンに犯されてしまったのだろう。私はそう考えて、実生活ではいぜんとして「極楽とんぼ」を決め込んでいる。


橋本裕 |MAILHomePage

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