橋本裕の日記
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人間には3種類のタイプがある。善良でやさしい羊たちと、これを守る力強くタフな牧羊犬、そして羊を襲う冷酷な狼たち。この図式はいささか安易だが、多くの映画やドラマが採用し、世間の人々が暗黙に認めている人間観だといえるだろう。
この図式によると、私たち一般市民の大多数は善良な羊である。それでは、この善良な羊をいたぶり、ときには殺害することもいとわないサイコパス(狼)はどのくらいの割合で存在するのだろう。グロスマンは「人殺しの心理学」にこう書いている。
<アメリカ精神医学界(APA)の「精神障害の診断と統計の手引き」によると、国内の男子全員における「反社会的人格障害者」(社会病質者)の割合はおよそ3パーセントであるという。
本質的に権威に反抗する傾向が強いので、社会病質者は軍隊には向いていない。だが何世紀にもわたって、軍は戦時中、このような攻撃性の強い人々をかなり使いこなしてきた。
3パーセントの3分の2が軍の規律を受け入れられたとすれば、数字の上では兵士の2パーセントが、APAの定義にいう「みずからの行為が他者に及ぼす影響に自責の念をもたない」人々だということになる>
こうしたサイコパスも軍隊では目を見張るはたらきができる。それは軍隊の本質が破壊であり、殺人だからだ。戦闘能力にたけた彼等にとって戦場はもともと願ってもない楽園なわけである。
善良な羊たちにとって、戦場は地獄である。しかし、羊たちもそこでは銃を握り、戦わなければならない。しかし、彼等の多くは精神的ダメージを受けて、発砲することもできず、役に立たない兵士でしかなかった。
第二次大戦に従軍した兵士達の発砲率はわずか十数パーセントだったという研究がある。しかし、その後、兵士たちの戦闘能力をたかめる訓練が行われ、ベトナム戦争ではこれが9割を越えたという。
<第二次大戦では、個々の兵士の発砲率は15〜20パーセントだった。それがベトナムでは、脱感作、条件づけ、そして訓練の体系的プロセスによって、つねに95パーセントもの効率を維持するまでになったのである。これとよく似た脱感作、条件づけ、代理学習というプロセスが、今アメリカに疫病を解き放とうとしている。暴力というウイルス性の疫病を。ベトナムでの発砲率を4倍以上に高めるのに使われたのと同じ道具が、いま一般社会で広く使われているのだ>
<映画「時計じかけのオレンジ」では、薬物の投与を通じてそのような条件づけが行われ、暴力への嫌悪感が植え付けられていた。つまり、暴力的な映画を見せながら薬物を投与して、吐き気と暴力行為を関連づけたわけである。ナルート中佐による現実の訓練では、吐き気を起こす薬は用いられず、逆に自然な嫌悪感を克服した者には報酬が与えられ、それによってスタンリー・キュブリックの映画とは正反対の効果を上げていたのである>
<私たちの社会は、世代をとわず全アメリカ人に殺人能力を与える強力な処方箋を手にしているのだ。映画製作者、監督、俳優は、想像を絶するほど暴力的で陰惨な映画をつくって莫大な収入を得ている。罪のない男女や子供たちが刺され、撃たれ、虐待され、拷問されるさまが微に入り細をうがって描写される映画。そんな暴力的であると同時に娯楽でもある映画を、青年期にある観客が、キャンデーだのソフトドリンクだのを口にしながら、仲間たちといっしょに、あるいは恋人と身を寄せ合って観ている。ここで理解しなければならないのは、若者たちはいま観ている映像と、いま得ている報酬との関連づけを学習しているということだ>
こうして善良でやさしい羊たちも、しだいに戦闘能力のある狼集団にかわっていく。現代の文明は人工的にサイコパスの集団を大量に創り出そうとしているわけだ。現代社会はその巨大な実験室(スキナーの箱)になったかのようである。
軍隊での殺人教育の理論である「オペラント条件付け」がそのまま一般社会にもちこまれたとき、社会そのものが軍隊化し暴力化することは避けられない。アメリカの受刑者数は、1975年には20万人そこそこだったのが、92年には80万人をこえ、20年間で4倍にもなっている。しかもその数字はその後も上がり続けている。
グロスマンはこの統計を引用したあと、「人を殺すために兵士を送り出す国家は、一見すると本国とは無縁に思える遠い国での行為にたいし、最終的にはどんな代償を支払わねばならないか理解せねばならない」と警告している。
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