橋本裕の日記
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| 2005年04月04日(月) |
羊たちを狼にする方法 |
この世の中には1〜2パーセントほどのサイコパスが存在する。彼等は平気で人を殺すことができる。ときには人をいためつけ、殺戮することに快楽を感じる。そして戦争はこういう人間をたちまち英雄にする。
しかし人口の数パーセントでは軍隊を作れない。そこで、その他大勢の善良な羊たちを、平気で人を殺し、ときには殺人に快感さえ覚えて果敢に戦う兵士へと作りかえなければならない。羊を狼に仕立てるシステムが成功するとどういうことになるか。グロスマンの「人殺しの心理学」から引用してみよう。
<銃を所持し、発砲してきた多くの男たち、それもフルオートの銃を好む男たちは、胸のうちでは認めているに違いない。銃弾の奔流を爆発的に射出するときの力と快楽は、奔流のように勢いよく射精するときの感情に通じるものがあると。
私が面接したある古参兵は、ベトナムで六期を務めたあと、ついに「これ以上ここにいちゃだめだと思った」と語っている。このままでは破滅すると思ったというのである。「人を殺すのはセックスに似ている。中毒になるんだ。セックスとおなじで、へたをすると溺れる」>
ところで、そうした殺人プログラムは現実に存在するのだろうか。そうした軍隊が存在し、世界中で成果を上げているのだから、存在することはまちがいない。それではそれは、いかなるプログラムなのか。ふたたび「人殺しの心理学」から引いてみよう。
<私が面接調査を行ったとき、発砲率を15パーセントから90パーセントへ高める訓練法のことをプログラミングとか、条件付けと呼ぶ帰還兵が何人かいた。それはどうやら、古典的なオペラント条件づけの一種のことらしかった。・・・・
現代の訓練法は、本質的にはB・F・スキナーのオペラント条件づけである。これによって、兵士に発砲という行動様式を植え付けるのだ。訓練というより、実際の戦闘状況のシュミレーションに近い。・・・
伝統的な射撃訓練が戦闘シュミレーターに変容したのである。・・・この強力な条件づけプロセスにより、第二次大戦以降のアメリカ兵の発砲率は劇的に上昇している。このことは、それぞれ別個に行われた複数の研究によって裏付けられている>
人口比で数パーセントを占める「生まれながらの殺人者」は別として、ごくふつうの市民はこうした近代的な殺人プログラムで訓練されてはじめて人が殺せるようになる。そして単に殺せるようになるだけではない。スキナーによって開発された「アメとむち」の条件付けを利用すれば、殺人を快楽とさえ感じるようになるわけだ。
それは「敵を抽象的にとらえ、非人格化してしまうプロセス」である。日本軍もかっては中国人を「まるた」呼び、銃剣で突き刺す訓練を新兵達に強要した。こうした訓練を経て、羊たちもまた、狼の一族に生まれ変わるわけだ。
そしてこうした訓練は、集団で行われる。殺人訓練の集団化は罪悪感の希薄化をもたらすだけではない。行動をともにする中で、集団としての一体感を与えられ、これが高揚感を生みだし、戦闘行為をより勇敢で容赦なきものにする。
<人間を殺すのは途方もなくむずかしい。しかし、殺さなければ仲間が失望させると感じれば(罪悪感をみんなで分かち合うことになり、個人の責任は分散される)、殺人はずっと容易になる。集団の人数が多いほど、集団への心理的な結びつきが強いほど、集団が密に集まっているほど、一般に殺人は容易になってゆくのである>
戦時において、愛国心が宣揚されるのも、集団への結びつきを蜜にして、殺人を容易にするためだろう。さらに「正義」という名前で殺人の合理化がおこなわれる。こうして羊たちはしだいに獰猛な狼の群へと姿を変えてゆく。
(デーヴ・グロスマンは米陸軍に23年間奉職し、中佐としてレンジャー部隊を指揮したあと、陸軍士官学校の軍事社会学教授などを務めた軍人教育の専門家。「戦争における殺人の心理学」は陸軍士官学校や空軍士官学校の教科書として使用されているという。グロスマンはこれを書くために、戦争体験を持つ何百人もの軍人に面接をしている)
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