橋本裕の日記
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2005年04月03日(日) 羊の群を守る犬たち

 ふつうの人間は人間を殺すことはできない。恐怖心がそうした行動をとらせないためだ。しかし、例外もある。人口比で数パーセントを占めると思われる反社会性人格障害(APD)、いわゆる精神病質者(サイコパス)の人々は、人殺しを恐れず、平然と他人を痛めつけ、これを死においやることができる。

 コロンビア大学ヘア教授の著書「診断名サイコパス」によると、サイコパスには、全般的な共感能力が欠如しているという。彼らは家族であろうと他人であろうと、その人たちの権利や苦しみに無頓着で、配偶者や子供たちとの結びつきを維持していても、それは家族を自分の所有物と見なしているからにすぎない。

 それではこうしたサイコパスはどうして作られるのか。これは遺伝的なものと環境によるものがあるという。その割合はおよそ半々と考えられている。つまり、生まれながらのサイコパスが1〜2パーセントは存在するわけだ。

 第二次大戦の戦闘を分析した研究によると、戦闘が6日間続いた場合、生き残った兵士の98パーセントは何らかの精神的被害があらわれたという。しかし、2パーセントの兵士にはこうした被害は見られなかった。そしてこうした2パーセントの兵士に共通するのは「攻撃的社会病質」だという。デーヴ・グロスマンの「人殺しの心理学」から引用しよう。

<戦争とは人間が参加しうる最もトラウマ的な行為のひとつではないか、と思わずにはいられない。ある程度の期間それに参加すると、98パーセントもの人間が精神に変調をきたす環境、それが戦争なのだ。そして狂気に追い込まれない2パーセントの人間は、戦場に来る前にすでに正常ではない、すなわち生まれついての攻撃的社会病質者(ソシオパス)らしいということである>

 どうして遺伝的なソシオパスが存在するのか。それは種族保存の立場からいうと、そうしたソシオパスがいたほうが生存に有利だからだ。ソシオパスはどんな場合も冷静である。ふつうの人がパニックに陥る場面でも冷静な判断を下すことができる。

 ソシオパスの人々が人殺しや犯罪者になるわけではない。自分の感情を殺し、その職分を立派に果たす人もいる。こうした人々は兵士としてばかりではなく人命を救う外科医としても優秀だろうし、ときには科学者としても、企業の経営者としても一流になる可能性をもっている。

 さらにソシオパスは悪質なサイコパスに対する有力な対抗勢力となることもできる。ふたたび「人殺しの心理学」から引用しよう。

<面接調査に応じたある復員軍人はこう語ってくれた。彼の考えでは、世界の大半は羊なのだ。優しくておとなしくて親切で、真の意味で攻撃的になることはできない。だがここに別の種類の人間がいて、こちらは犬である。忠実でいつも油断がなく、環境が求めれば充分攻撃的にもなれる。

 だがこのモデルにならって言えば、この広い世界には狼(社会病質者)や野犬の群(ギャングや攻撃的な軍隊)も存在するわけで、牧羊犬(兵士や警察)は環境的にも生物的にもこれらの野獣に立ち向かう傾向を与えられた者だ、ということになる。・・・・

 社会病質者の存在を私たちが知っているのは、その症状が病気すなわち精神障害であると定義されているからだ。だが心理学者は、もうひとつの種類、つまり牧羊犬にたとえられる人間の種類を認識していない。なぜなら、その人格型が病理でも病気でもないからだ。それどころか、かれらは貴重にして有用な社会の一員であり、その特徴が表に現れるのは戦争中か、警察活動の場にかぎられる。・・・

 牧羊犬は羊の群に牙をむくことはない。それと同じように、みずからの攻撃性を濫用したり誤った方向に向けることはないが、かれらの多くはひそかに正義の戦いにあこがれている。自分の能力を正当かつ合法的に発揮する機会として、狼の出現を待ち望んでいるのだ>

 私たちはテレビや映画で牧羊犬タイプの軍人や捜査官、弁護士にであうだろう。私たちがヒーローとして喝采するのはこうしたタイプのソシオパスである。ドラマの世界では、羊は狼に対抗できないが、この悪に敢然と挑戦し、われわれ一般市民の生活を守ってくれるのは、こうした正義のスーパーマンだというわけだ。

 ソシオパスは戦争時には兵士として、あるいは指揮官として、大いにその能力を発揮する。偉大な社会改革者や革命家として名前を歴史に残すこともある。しかし、「牧羊犬は羊の群に牙をむくことはない」という命題はほんとうだろうか。

 平和時にはソシオパスはしばしば厄介な存在になる。戦争の英雄がそのまま平和時の国家の指導者になったとき、その攻撃性が仇になる場合がある。スターリンや毛沢東はこうして何千万という同胞の生命を奪った。だから、ソシオパスやサイコパスをかかえるということはこうしたリスクをもつということである。

 狼達(サイコパス)の多くは牧羊犬(ソシオパス)の仮面をかぶっている。牧羊犬だと思っていたのが、狼に変身する悲劇を、私たちは歴史の教科書の中にいくらでも発見できる。


橋本裕 |MAILHomePage

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