橋本裕の日記
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2005年03月31日(木) ある一日

 昨日は10時頃家を出て、妻の運転する車で名古屋にある妻の実家に行った。そこに長女がいた。「おかげで大学が卒業できました」と言うので、「よくがんばったね」と答えた。長女は看護師と保健婦の国家試験に両方とも合格して、ほっとしていた。今年は試験がむつかしく、大学の同級生がかなり落ちたという。私たちもほっとした。

 広島大生の長女の彼氏が会社の面接試験を受けに名古屋に来ているということで、長女は私たちとお茶を飲んでから帰っていった。そのあと、妻と義父、義母、私の4人で近所の喫茶店に昼飯を食べに行った。

 昼食の後、妻に車で瑞穂区にあるZ高校まで送ってもらった。私の新しい職場である。二階の職員室に入るとき緊張した。指折り数えてみると、14年ぶりの里帰りである。二人を除いて、あとは初対面の人ばかりだ。

 2時から職員会議がはじまり、一人づつ自己紹介された。私も「I高校からきました。よろしくおねがいします」とだけ簡単に自己紹介して頭を下げた。周囲で拍手がおこり、和気藹々とした雰囲気で会議が始まった。

 私は1年生の副担で分掌は教務である。さっそく時間割りの編制などを手伝った。女性は養護教諭を除くとひとりだけだった。I高校の職場では私は両隣も後ろ3人も女性ばかりで、すっかり囲まれていた。ずいぶんと様変わりである。

 今度の転勤でまたI高校は女性の先生が増えた。「女性上位になるわね」という声が聞こえたので、「今でも充分女性上位だよ」と答えたことがあった。「そうね。かしましい女性ばかりに囲まれて、橋本先生はとくに大変でしたでしょう」と言うので、「いや、楽しいかったよ」と答えておいた。数日前にI高校の職員室で交わされたそんなやりとりをなつかしく思い出した。

 5時になっても、だれも帰ろうとはしない。みんな忙しく働いている。私が腕時計に目をやっていると、「先生はもうお帰りになって下さい」と複数の人から声を掛けられた。「勤務時間は過ぎていますよ」「家が遠いのでしょう」といろいろと気を使ってくれる。言葉に甘えて、私一人が退出することにした。

 地下鉄に乗る前に、実家の妻に電話をした。「今池」で降りると、妻が迎えに来ていた。車でそのまま一宮へ走った。途中、夕食にラーメンを食べた。そのあと長女のアパートに寄って、長女に貸していた車を妻が運転し、私は自分の車を運転して別々に帰った。

 私が通勤に車を使わなくなるので、その車を妻に譲り、妻の車を次女に譲ることになっている。そして長女には新しい車を買うことになった。今日、妻の実家に行ったのは、その資金の一部を義父から借りるためである。義父から借りた金と私名義の定期預金を崩した金で長女の車を買う。そして、長女は毎月そのお金を私たちに返済することになっている。

 妻が「これで扶養家族が一人減ったわね」と言うので、「まだ二人もいる。僕も扶養家族になりたいな。君が働きに出て、現場で旗振りをすればいいんだ」「おとうさん、がんばれって、旗をふってあげるわよ」と、そんな夫婦の会話が続いた。まだしばらく、現役を降りられそうになさそうだ。


橋本裕 |MAILHomePage

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