橋本裕の日記
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2005年03月21日(月) ふたたび湖北の旅

 昨日は妻と湖北をドライブした。青春切符の旅も考えたが、今回は車にした。高速道路はつかわず、2時間半ほどかけて湖北の今津まで行った。そこでレンタサイクルに乗りかえ、湖岸のサイクリングロードを湖面に浮かぶ水鳥を眺めながら二人で走った。

 途中で自転車を降りて、持参した食パンをちぎって鳥達にやったが、湖面に浮かんでいる水鳥たちは私たちを見て一斉に逃げ出した。琵琶湖の水鳥は警戒心がつよいのだろうか、それとも餌が足りているのだろうか。

 しかたがないので、食パンをちぎるのをやめて、自転車に戻り掛けたとき、ユリカモメがどこからか現れて、浜辺に落ちたパンくずを食べ始めた。その数が、二羽、三羽と多くなってきた。私たちは残った食パンを彼等にやることにした。

 ふたたび食パンをちぎって投げると、その数は一気に30羽ほどに増えて、空を覆うほどになり、鳴き声が私たちの周りでこだました。驚いたのは途中から、この乱舞に鳶が加わり始めたことだった。

 鳶の数も二羽、三羽と増え始め、しかもユリカモメと争うようにしてパンを奪っていく。これまでもユリカモメにパンをやっていて鳶が現れたことはあったが、パンを奪っていくことはなかった。餌がパンだと知ると去っていくのが常だったが、この日の鳶は違っていた。

 やがて手持ちの食パンがなくなり、私たちは自転車に戻った。鳶がまだ5,6羽、私たちの上空を舞っていた。
「ユリカモメからパンを奪うなんて、鳶もよほど餌に餓えているのかな」
 近くに食料品店がないか探したが、それらしい店が見当たらない。

 今津駅まで引き返し、ひとまず自転車を返してから、車で平和堂へ行った。そこで、食パンの他、鳶の好きそうな皮付きの鶏肉やちくわ買い込んだ。そして再び、さきほどの湖岸に来た。

 まず食パンをやりはじめると、ふたたびユリカゴメが寄ってきた。そして10分ほどもすると鳶が二羽、三羽とやってきた。そこで、ちくわと鶏肉を与え始めると、鳶の数は一気に増え始めた。毎年正月には庄内川でユリカモメに餌をやっているので、ユリカモメの乱舞は珍しくはないが、こんなに多くの鳶があつまるのを見るのははじめてである。

 ユリカモメが鳶に怯えて沖合に退散し、鳶ばかりが20羽ほどけたたましく乱舞している。その光景は壮観で、私も妻も興奮しながら餌を与え続けた。空の上に餌を放り投げるので腕が痛くなった。とうとう餌もなくなり、「あぶらあげも買えばよかった」などと言いながら、私たちは鳶の群れに別れを告げて車にもどった。

 そのあと、車で新旭町針江地区へ行った。私は今年に入って1月6日にここをレンタサイクルで訪れている。私たちは町外れに車を置いて、少し歩いてみた。家々の前を水がながれ、その清流に鯉や小魚たちの姿があった。いのちのあふれる様子が、かって私たちのまわりにもあったゆたかな暮らしを思い出させてくれた。

 妻と二人で歩いていると、自転車に乗った地元の少年が「こんにちは」と元気な声を掛けて通り過ぎた。私たちも「こんにちは」と答えた。見知らぬ旅の者に気軽に声をかけてくれた少年の後ろ姿がとてもさわやかだった。

 付近の山肌にはまだ雪が残っていた。町や村の辻にも雪の固まりがあった。しかし、あと一ヶ月もすると、湖北にも春がやってきて、桜も満開になるという。そこのろ、再びこの地を訪れたいと思った。


橋本裕 |MAILHomePage

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