橋本裕の日記
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2005年03月19日(土) 月光姫の輝き

 バンコクの市場を歩いていて気付いたことがある。それはタイの人々はみんなスリムだということだ。若い女性などほれぼれするほどプロポーションがよい。これは都会だけではなく、田舎でもそうだ。男も女も見事に贅肉がない。

 日本に帰ってきて写真を眺め、自分の体躯の醜さに呆然とした。なんというお腹のふくらみだろう。こんな恥かしい姿をして、私はバンコクの街を歩き、神殿や寺院を訪れていたのかと思うとかなしくなる。

 私がこんな情けない姿になったのは、日本という恵まれた環境で暖衣飽食していたからだろう。体躯のたるみは精神のゆるみであり、その醜さはおそらく私の日記の文体にも現れていることだろう。

 タイ旅行で得た認識の一つが、この苦い自己認識であった。今後数年間かけて、私は自分の肉体を改造したいと思う。といって三島由紀夫のようにボディ・ビルをはじめようと言うのではない。労働と粗食によって、タイの田舎でであった農夫のような、もっと自然な精悍さを得たいと思う。

 さて、三島由紀夫の「暁の寺」は後半、戦後の日本が舞台だ。月光姫ジン・ジャンと出会った本多は、軽井沢の自分の別荘に彼女を招待する。別荘にはプールが作られてある。そこに水着姿のジン・ジャンが現れる。

<ジン・ジャンの体は本多のすぐかたわらに息づいていた。息づいているばかりか、夏を迎えて、或る病気の感染に格別応じやすい体のように、指の爪先まですでに夏に染まっていた。その肉の輝きは、合歓の影深い市で売られているタイの奇異な果物の輝きであり、それは熟れ、時を迎えた、一つの成就、一つの約束としての裸身であった。

 思えば本多はこの裸を、七つのときから十二年ぶりに見るのである。今も目に残るあの稚ないやや大きすぎる子供らしい腹は小さくすぼみ、あの平たかった小さな胸は反対にふくよかにひろがった。

 丁度ジン・ジャンはプールの喧噪に気をとられて卓へ背を向けていたので、その水着の背中の紐が、項で結ばれてから左右へ落ちて腰につながる間の、あらわな背中の正しい流麗な溝が、尻の割れ目へとひたすら落ちて、割れ目のすぐ上の尾てい骨のところでその落下がつかのま憩らう、小さなひそやかな滝壺のような部分さえ、窺い見ることができた。・・・

 実に肌理のこまかい肌を、パラソルが、影と日向に仕切っている。影のなかの片腕はブロンズのようであるが、日にあらわれた片腕から肩は、磨き上げられた花櫚(かりん)の肌のようである。その肌理のこまかさは、徒に外気や水をはじくのではなくて、琥珀色の蘭の花弁のように潤うている。遠目に繊細に見える骨格も、近くでは実に小ぶりに整っていた>

 本多は書斎の隣りの寝室にジン・ジャンと慶子を泊める。そして書斎の書棚に仕組まれた隠し穴から、二人の女のむつみあう様子を盗み見る。

<しかと声はきこえぬが、歓びとも悲しみともつかない歔欷が全身にゆきわたり、今は共々相手から見捨てられている乳房が、光りの方へあどけなく乳首を向けていながら、ときどき稲妻に触れたように慄へた。

 その乳暈にこもる夜の深さ、その乳房をおののかせている逸楽の遠さは、肉体の各部各部がなお狂おしいほどの孤独に置かれていることを示していた。もっと近く、もっと蜜に、もっとお互いに融け入りたいとあせりながら果たさず、ずっと彼方で、赤く染めた慶子の足の指が、一本一本の指の股をひらいたり閉じたりして、まるで熱い鉄板を踏んだように指は踊っているのに、それが結局、空しい薄明の空間を踏みしだくことにしかならないでいた。・・・

 ジン・ジャンの腋はあらわになった。左の乳首よりさらに左方、今まで腕に隠されていたところに、夕映えの残光を含んで暮れかかる空のような褐色の肌に、昴を思わせる三つのきわめて小さな黒子が歴々とあらわれていた>

 タイの街角で、何人かの月光姫ジン・ジャンに出会った。彼女たちは街角に咲いている蘭の花のように美しかった。私は旅のみちすがら、彼女たちの清楚なブラウスの胸をさりげなく眺め、彼女たちがその肉体に刻んでいる出生の秘密について、いささか他愛のない空想をたのしんだ。


橋本裕 |MAILHomePage

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