橋本裕の日記
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2005年03月16日(水) 物乞いをする少女

 タイ旅行中いろいろなことを考えた。バンコクの絢爛たる宮殿を眺め、高層ビルを眺めて、すごいなあと思った。ホテルの84階の展望から眺めたバンコクの夜は不夜城のように輝いていた。

 しかし、この豊かさの蔭にスラムがあった。バンコクの人口は公称では600万人あまりだが、実際は800万ともそれ以上だともいわれる。私たちのガイドさんは1000万だと言っていた。つまり、正規の市民でない人がそれでけ存在するということだ。

 タイは自給自足が可能な豊かな農業国である。スラムや貧困とはもっとも遠いところにある南国の楽園である。ところが貨幣経済がもちこまれ、都会に近代的なビルが林立するにしたがって、スラムも広がった。

 東洋一の高さを誇る私たちのホテルの近くにもスラム街があった。そこにあるのはとても人間の暮らしとは思えないような悲惨な現実である。しかし人々はそうしたところにすみ、安い賃金で雇われて、近代的なビルで働いている。

 ホテルの近くのプラトゥーナム市場の人混みを歩いていたとき、いきなり人が倒れているのに出会って驚いた。舗道にうつむきになり、片手に皿を持って、苦しそうに身をくねらせていた。見ると、その皿の中に紙幣やコインが入っていた。

 倒れていたのではなく、そうして地面を蛇のように這いながら物乞いをしていたのである。30歳くらいのその男は足が異常に痩せていた。そうやって身をくねらせて這い回っているのは、身体に障害があることをアピールするためだろう。

 市場から近い路傍には、垢じみた少女が申し訳程度のぼろ衣を痩せた身にまとって座っていた。手に持った小皿にはわずかな硬貨が置かれていた。私は行きずりにそうした少女を眺め、目をあわせそうになってあわてて視線を逸らした。

 あるときは行きすぎてから、雑踏のなかで立ち止まり思案した。私は硬貨をもっていなかった。財布にあるのは最低でも20バーツ札(60円)である。私にとっては何でもない金額だが、おそらく少女にとっては大金だろう。それを小皿に投じるべきか迷ったのである。

 もし多くの観光客が彼等に施しを与えたら、スラムすむ人々はますますこれにたより、市場には物乞いが氾濫するだろう。そして子供や母親を道具のように使って、もの乞いで生計を立てる怠惰な父親が増えないとも限らない。

 彼等にお金を与えることは、結局彼等を不幸にするだけではないか。私はそう思案して、少女の前を行きすぎた。乳飲み子を抱えて物乞いをする若い母親の前も同様に行きすぎた。この判断は間違っていないと思うが、こういう理屈が今日の暮らしを思い煩う貧しい人々に理解されはしないだろう。心に苦い後味が残った。

 私たち家族は日本ではつつましく暮らしている。しかし、物価の安いタイに来れば、高層ホテルのスイートにとまり、その気になれば高級レストランに入って、多くの給仕にかしずかれて宮廷風の豪華な料理を楽しむこともできる。劇場のVIP席でショーを楽しむこともできる。

 私たちにははした金のように思われる小銭をチップとして与えることで、黄金のような笑顔が向けられ、感謝されるのに出会い、まるで王侯貴族になったような気分になれる。専属のガイドと運転手をやとい、彼等を支配することもできる。

 観光客の多くはこの貴族気分を味わいたいためにこの国を訪れるのではないだろうか。私たち家族も、同様の体験をし、楽しみを満喫した。しかし、タイ旅行の思い出として残っているのは、ワット・ポーの黄金仏や華麗な宮殿ばかりではない。市場の雑踏で、さびしく物乞いをしていた少女の瞳も、忘れがたい印象を刻んでいる。


橋本裕 |MAILHomePage

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