橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
| 2005年03月08日(火) |
アユタヤ遺跡の白い花 |
昨夜はホテルの84階にあるバーへ行って、夜景を眺めながらサービスのドリンクを飲んだ。バンコクは人口1千万を超える大都会である。高層ビルも多いが、さすが84階を超えるものはない。
ホテルの近くに高島屋のデパートがあった。それからトヨタやソニー、東芝などの会社のビルもある。タイの道路は渋滞で有名だが、そこを走るのはトヨタ車やいすず、ホンダなどの日本車が圧倒的に多い。
テレビやクーラーなどの電化製品もほとんど日本製だ。日本の会社のビルがあり、そこで働くホワイトカラーの日本人も大勢バンコクで暮らしている。ガイドの話によると、そうした人たちはプールのある大きなマンションに会社の費用で優雅に暮らしているのだという。日本のビジネスマンはこのこの国でもっともお金持ちの特権階級に属しているらしい。
そうしたお金持ちの日本人の暮らしているのは、私たちが滞在しているホテルのあたりではない。このあたりには高島屋のような高級デパートもあるが、少し裏通りへ行くとスラム街もある。そうした貧しい人々の暮らしもビルから丸見えだった。
こうした環境に建っているので、バイオークスカイホテルは中級にランクされるのかもしれない。一流ホテルのあるあたりは、日本の商社マンが利用するような高級料理屋さんが並んでいて、もちろん道路に屋台などない。
私たちはホテルを一歩出れば、バンコクの活気溢れる下町気分を手近に味わうことができた。その代表がバンコク名物の屋台である。バンコクでは男女はとも稼ぎで、食事を3食とも外でとる人たちが多いのだという。そうした人々が利用する屋台が、道路を挟んで舗道一杯に広がっている。そこに私たちのような貧乏人の観光客も押し寄せるわけだ。
84階のバーからは地上が遠すぎて、こまかい街の様子はわからない。大都会の立派なビルや由緒ある歴史的建造物がライトアップされて美しく輝いているのが見えるだけだ。私たちはバーのさらに一階上にある展望台をゆっくり一周した。
バンコクは連日35度を越える猛暑だが、湿度が低いのでずいぶんとすごしやすい。とくに夜は涼しかった。展望台でしばらく夜風にふかれてから引きあげた。ゆっくり風呂に入った。寝るときは冷房を切って、ちょうどよいくらいだった。マッサージをしたせいか、心地よく眠ることができた。
朝食のバイキングをすませて、8時半にロビーに降りた。しばらくしてガイドさんがやってきた。二日目の観光の目玉は黄金に輝くバンパイ宮殿と、アユタヤ遺跡である。途中象にも乗れると聞いているので楽しみだった。
バンコク市内を抜け、アユタヤへ向かう道の両側に、ソニーやトヨタの工場が並んでいた。アユタヤまで、ガイドさんから話を聞いた。ガイドのイイトさんは家が貧しく、自分で働いて、夜間の日本語専門学校に通ったのだという。
タイでも1990年代にバブルがはじけた。1997年にはタイバーツ危機を経験している。その爪痕は今も残っていて、全般に不況だという。そうしたなかで日本企業がタイ人に仕事を提供している。イイトさんは必ずしも金持ちの日本人を好きではないようだったが、こうした点は評価しているようだった。
アユタヤ遺跡に行く途中にバン・パイン離宮に寄った。チャオプラヤ川のほとりに広がるこの離宮は、アユタヤ王朝の歴代の王が夏の離宮として使用したものだという。王朝滅亡後荒廃したが、映画「王様と私」で有名なラーマ4世が再建した。現在でもここは王室の所有しているが、普段は使わないので、一般に公開しているのだという。
この離宮の池に大きなスッポンや亀がいた。食パンの固まりを買って、手で差し出すとスッポンは恐れる様子もなく池から身を乗り出して、大きな口を開けてそれを食べた。池の中にパンをちぎって投げると、魚や亀があらそって食べた。
バン・パイン離宮で1時間余りを過ごしたあと、アユタヤ遺跡を訪れた。そこで象やリンタクに乗った。象に乗るのは初めて。高いので怖かった。私と妻が乗った象の御者は日焼して体の赤黒くなった老人だった。サービス精神満点で、私たちが日本人だと知ってか知らずか、ジェスチャー入りでこんな童謡を歌ってくれた。
ゾーさん、ゾーさん、お鼻が長いのね・・・
私と妻も象の背中に揺られながら、この歌を一緒に歌った。10分ほど行くとアユタヤのワット・ブラ・スィー・サンペットの3基の仏塔がよく見える場所にきた。仏塔を背景に娘達と写真を撮り合った。
3基の仏塔には3人の王の遺骨が納められている。その隣りに王宮も建っていたが、1762年にビルマ軍の侵攻にあい、破壊された。現在王宮のあったところにはレンガ造りの円柱が何本か残されているだけだ。
リンタクに乗り、アユタヤの村の中を通って、仰臥仏で有名なワット・リカヤスタまで行った。さらにリンタクから車に乗り換えて、ワット・プラ・マハータートの遺跡へ。菩提樹の木の根の間に仏の顔がある。アルタヤの寺院もビルマ軍に破壊された。頭部を刈り取られた仏像が並んでいるありさまは異様である。
崩れた仏塔の上に乗っている青年をガイドが厳しい口調で注意した。青年は日本人で、悪びれた様子もなく、恋人らしい女性と写真を撮りあっていた。ガイドの女性は不作法を見逃さず、相手が白人であれ誰であり、即在に注意して辞めさせた。しかし、注意されるのは日本人が多いようだ。
「これが何の遺跡か知らない日本人が多いです。とくに若い人は知りません。日本人は宗教心がないのでしょうか」
アユタヤ遺跡のレンガも随分持ち去られたのだという。アユタヤの遺跡にまで足を伸ばすのは日本人が多い。王宮や離宮などには白人観光客があふれているが、アユタヤの廃墟にはあまり興味がないようだ。ギリシャ、ローマというはるかに歴史の古い遺跡を知っているからだろうか。
私たちはアユタヤ料理屋で昼食を食べた。ホテルへ戻り、近辺を歩いた。屋台が出ていて、肉の焼ける匂いがした。買おうか迷ったが、「タイしゃぶ」の夕食を思い出してやめた。かわりに、一個15バーツのココナッツを老婆から買い、ストローで飲んだ。ココナッツジュースは冷えていておいしかった。
バンコクの壮麗な寺院や王宮もいいが、私はアルタヤ遺跡のうら寂れたたたずまいに引かれる。そこにはシャクナゲに似た木が白い花を咲かせていた。イイトさんに確かめると、お墓や寺の境内によく植えられているラントムという木だという。
アルタヤの仏塔の近くラントムの 白き花咲く廃墟のなかに
首なしの仏像あはれ菩提樹の 根に守られて頭ほほえむ
王宮も焼かれ崩れてレンガのみ わずかに残り柱かたむく
老婆より買いしココナツ冷えていて 市場の雑踏わずかに涼し
|