橋本裕の日記
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| 2005年03月07日(月) |
チャオプラヤ河のほとり |
一家4人が名古屋新国際空港セントレアから飛び立ち、バンコクに着いたのは深夜の1時半だった。もっとも現地時間だとまだ前日の11時半ということになる。現地時間にあわせて、私は自分の時計をちょうど2時間遅らせた。
空港にガイドの女性と男性の運転手が迎えに来てくれていた。二人ともタイ人である。ガイドさんは30歳ほどの独身のタイ人女性だった。「私、イイトといいます。食べるの大好き。だから、イイトです」と冗談を交えた流ちょうな日本語で自己紹介してくれた。
運転手もタイ人である。言葉は交わさなかったが、ごつい体格に似合わず丁寧な物腰で、いつもやさしい微笑をうかべていた。ガイドと運転手の息が合っているので、「ご夫婦ですか」とガイドの女性に質問したら、「私たち、別々の会社です」とすかさず返された。
空港からバンコク市内のホテルまで、40分ほどだった。真夜中だというのに、交通量がかなりあった。バイヨークスカイホテルはバンコクでも1、2位をあらそう84階建ての高層ビルで、私たちの部屋はその34階にあった。ここからでもバンコクの夜景が一望できた。こんな時間だというのに眼下のいくつかのビルには明かりが点り、市街を流れる車の明かりが皎々と繋がっていた。
ホテルのスイートルームに泊まるのははじめてだった。観光案内書のホテルランキングでは中流と紹介されていて、たしかに絨毯は少し古く、部屋飾りも質素だったが、リビングも寝室も広々としていて気分が良かった。大学生の娘達2人が泊まるのも同じタイプのスイートルームである。妻はさっそく浴槽に湯を入れ始めた。夜に弱い私はそのままベッドへ潜り込み、数分で前後不覚に落ちた。
4時間ほど熟睡して、6時頃に起床。やがて妻も起きてきた。7時頃に娘達を誘って77階にあるホテルの食堂へ。窓ぎわのテーブルに坐って、バンコク市内を眺望しながらバイキング形式の朝食を1時間ほどかけてたのしんだ。
焼きそば、スパゲッティ、おでん、そーめんと中華そば、ベーコン、ビーフハンバーグ、サラダ、スイカ、メロンなど日本でも馴染みの料理の他に、国際色ゆたかな様々な料理が並んでいた。そうしたものを少しずつ試食しているうちに、お腹がいっぱいになった。
さすがバンコクの国際ホテルである。まわりを見回すと、白人の家族連れや、民族衣装をまとったインド人たち、彫りの深い顔立ちをしたアラブ系の人たちがいた。日本人かと思うと、中国語や韓国語の会話が聞こえてきた。
白人と黒人、そして東洋系の黄色人種がいた。まさに人種の坩堝である。世界のほとんどの人種と文化がここで出合い、渾然として存在している。こうした国際色豊かな観光地は、世界でもあまり例がないのではないだろうか。
エレベーターのなかで、色の浅黒い大男と目が合い会釈すると、「アー・ユー・ジャポニカ?」と声を掛けられた。「イエス。ホヤ」と妻が答えたが、通じないようなので、「ホヤ・フローム?」と私が重ねて訊くと、「イラン」という答えが返ってきた。「ハバ、グッド、デイ」と言ってお互いに別れたが、こうした片言の会話を3泊4日のホテル滞在中に何回か体験できた。
10時にホテルのロビーに行くと、ガイドのイイトさんが待っていた。ホテルの前に車が待っていた。トヨタのワゴン車である。運転手の笑顔に迎えられて、一家4人はガイドさんと一緒に車に乗り込んだ。いよいよバンコク市内観光のはじまりである。
チャオプラヤー川の中州にあった小さな村に過ぎなかったバンコクが王都になったのは、1782年のことだという。そして川沿いにある王宮とワット・プラケオ(エメラルド寺院)を中心に、大都会へと成長した。今日の目玉は、このチャオプラヤ河を船で遊覧し、これらの寺院や王宮を訪れることである。ガイドさんの解説を聞きながら、胸がわくわくした。
私たち一家4人のために、ガイドさんと運転手がついている。それから、遊覧の船もまるごと一艘チャーターしてあった。これは安いパック旅行にしてはなかなか贅沢な旅だと思った。暁の寺院、王宮、エメラルド寺院の他に、予定に入っていなかったが、黄金の寝釈迦仏で有名なワット・ポーにも寄ってもらった。こうした融通がきくところがいい。
チャオプラヤー川の両岸にはタイ式の寺院や王宮、中国式の寺院、イスラム寺院など華麗な大建造物が次々と展開する。そして、大小の民家も水面に張り出すように並んでいた。テラスにはテーブルがおかれ、洗濯物が陽射しに光っている。
「タイは金持ちと貧乏人だけです。あいだの人は、たくさんいません。金持ちの家と貧乏人の家は見ればわかります」
ガイドさんの言うとおり、広々とした邸宅があるかたわらに、今にも軒が崩れそうな長屋のような家が並んでいたりした。しかし、そうした貧しいたたずまいの家々の軒先にも、赤や白や黄色の花々が美しく咲き乱れて、私たちの心を和ませてくれた。
川を遡った先で、ガイドさんから食パンの固まりを貰った。それをちぎって水の中に投げると、魚の大群があらわれて、水面に水しぶきを上げた。見ると体長30センチもありそうな大ナマズである。
他の船もやってきて、観光客が同じようにパンを投げていた。西洋人やタイ人はわかるが、韓国人や中国人、日本人はみわけがつかない。ガイドさんによると、一艘の船にアベックで乗っている若いカップルの多くは韓国人だという。韓国人は新婚旅行先にタイを選ぶのが一番多いそうだ。
対岸を見ると、人々が岸で体を洗っていた。川は決してきれいではない。むしろ濁っていて、浮遊物もたくさん浮いていた。しかし、こうして人々がそのほとりで暮らし、魚や鳥がたくさん棲んでいるのは、川が生きている証しだろう。
市内観光を終えた後、タイ式のマッサージを体験した。娘二人と妻と私が一つの部屋にならび、2時間ほど体をほぐしてもらった。4人のマッサージ師はいずれも女性だった。マッサージを終えて、お茶を勧められた。私を揉んでくれたのは二十歳そこそこに見えるチャーミングな娘さんだった。
タイでも中学生から学校で英語を勉強しているとガイドさんに聞いていたので、さっそく、 「ドゥー・ユー・スピーク・イングリッシュ」 と訊いたが、首を横にゆらして笑っていた。しばらくして、 「ハウ・オールド・アー・ユー」 と訊くので、隣の長女を指さして、 「シー・イズ・トエンティ・トウ・オールド」 と答えておいた。
バンコクのチャオプラヤのほとりなる まずしき家にハイビスカス咲く
屑が浮く濁れる河に魚が棲み 人が活きたり花を育てて
王宮の栄華を見上げ地を見れば やせたる少女水を売りけり
うらわかきタイの娘が身をよせて わが肩を揉むつよき指して
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