橋本裕の日記
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2005年03月01日(火) 父の思い出

 もう十数年前になるが、父が死んで何か形見の品がほしいと思っていたら、母が「これをもっていきなさい」と言って、毛糸のセーターを出してくれた。

 実はそれは私が父にプレゼントしたもので、それを父は何回か身につけたらしい。私はそのセーターを貰って帰り、冬になってから身につけた。その頃詠んだ俳句が残っている。

 形見なる 父の上着の あたたかさ

 私は冬になるとそれを愛用した。数年着ているうちに毛玉ができてきて、今はもうタンスの中で眠っている。

 父は若い頃は俳句を作ったりもしたらしいが、私が知っている父は文学とは無縁である。だから、死後、蔵書らしいものといえば、山岡壮八の「徳川家康」くらいだったが、実はこれも入院中の父に私が差し入れたものだった。

 父は音楽にもまったく縁がない人だった。演歌もクラシックもまるで興味がなく、軍隊に行ったが軍歌も歌おうとしなかった。私が高校生のころ居間のステレオでベートーベンやモーツアルトを聴いていると、父は迷惑そうな顔をした。

 それでは何が父の楽しみかというと、山仕事の合間に見る自然の光景であり、山の中で酒を飲んで一眠りすることだった。「最高の音楽は風や山川の音だ」というのが父の口癖だった。若い私にはとても理解できない世界だったが、最近はわかるような気がする。

 父は肝臓癌だった。死ぬ前日に痙攣の発作を起こし、意識が混濁したので、母があわてて救急車を呼んだ。父は母に寄り添われて家を出た。そして玄関口で足を止めると、救急車のサイレンの音に驚いて集まってきた近所の人々を見て礼をした。それが今生の別れだった。

 父が死んだ後、父の住んでいた部屋に寝ころんであたりを見回してみたが、そこには父の所有物はほとんど何もなかった。ただ、灰皿とキセルが一本だけ。父のことを「古武士」のようだと言った人がいたが、たしかに潔い人だった。


橋本裕 |MAILHomePage

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