橋本裕の日記
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2005年02月22日(火) こころの宇宙

 漱石は「三四郎」のなかで、広田先生の口を通して、こんなことを言っている。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……日本より頭の中のほうが広いでしょう」

 漱石はさらに「こころ」という魅力的な小説を書いている。その宣伝文に「人間というものを知りたかったら、この小説を読んで下さい」と書いた。漱石がこの小説で書きたかったのは、人間の「こころ」というものの大きさ、その深さだろう。

 私が「こころ」を読んだのは高校時代だったが、それから何度も読み返し、読むたびに「人間というもの」について考えさせられた。そして漱石の描く人間の心の世界の奥深さに、しみじみとした感動を覚えたものだ。

 戦争だの、富国強兵だのと、慌ただしい世界の中に身を置きながら、漱石はそうした時代の環境に流されず、じっと人間を見つめ続けた。そしてもっとも深いところから人生を観察し、世界を観察し続けた。その眼力は深く鋭く、おそろしいほど冴えていた。

 漱石の書いた「日本より頭の中のほうが広い」というセリフは印象的だが、おなじことを、アメリカの女流詩人、エミリー・ディキンスン(1830〜1886)は「脳は空よりも広い」という詩の中で次のように表現している。

 脳は空よりも広い
 なぜなら、横に並べておくと
 一方がもう一方を容れるから
 
 脳は海よりも深い
 なぜなら、その青と青をあわせてみると
 一方が一方を吸いとるから
 
 彼女は28歳ごろからマサチューセッツ州アマストの邸宅に引きこもり、独身をとおして詩作をしていたらしい。彼女は想像を巡らせ、見たこともなかった「火山」や「帆船」、「海」を詩に描いたが、彼女のイマジネーションを育んでくれたのがウエブスターの辞書だったという。

 もっとも、彼女の脚韻の規則も無視した破格の詩風は世間からは認められず、彼女は1886年5月15日腎炎がもとで死去した。愛の喜びと悲しみ、孤独と挫折を繊細に表現した彼女の詩が生前に出版されることはなかったが、1890年に知人たちが『第一詩集』(Poems)を出版した。

 現代では彼女の詩が人気を得て、「全詩集」が出版され、伝記なども数多く出版されて、大学などでもさかんに研究されているようだ。同じ様な精神傾向を持っていた漱石が、彼女の詩を読んでいたかどうか、私は寡聞にして知らない。


橋本裕 |MAILHomePage

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