橋本裕の日記
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司馬遼太郎は良質の国家主義者だと書いたが、その良質さは、文章の良質さでもある。以前に図書館で借りた本で、本の題名も著者の名前も忘れたが、司馬遼太郎の文章について、「お経のようだ」と書いてあった。
これには少し驚いた。お経のようなものと、司馬さんの知性のあふれる文章を一緒にしてもらっては困ると思ったが、読み進めるうちに納得した。著者は大学の先生で海外滞在経験も長いが、精神の安定を得るために、司馬さんの文章を読むことを毎朝の日課にしていたという。
司馬さんの文章は政治、経済、文化、歴史、地理、文学、哲学とその視野はとてつもなく広く、しかもそのどれもが一級品で、洞察に富んでいて、内容が深い。しかもそこには滋養分がたっぷりと含まれていて、読んでいるうちに心が明るくなり、絶望は癒され、人生に勇気づけられ、活力が涌いてくる。
司馬さんは難しいことをやさしく、そして興味深く、味わい深く書いている。それでいて、少しも曖昧なところがない。これは司馬さん自身がしっかりものごとの本質を考え抜いて書いているからだろう。
谷崎潤一郎が「悪文」のひとつに、翻訳体の文章を上げているが、そうした文章が悪文なのは、翻訳者が内容をしっかり把握しないまま書いているからだ。その点、物事の奥の奥まで考え抜かれた司馬さんの文章は濁りがなくてどこまでも明晰である。
司馬さんの文章は名文といっていいだろう。それでは悪文とは何か。これについては、谷崎潤一郎の次のように書いている。
<私はよく、中央公論や改造等の一流雑誌に経済学者の論文などが載っているのを見かけますが、あゝ云うものを読んで理解する読者が何人いるであろうかと、いつも疑問に打たれます。それもそのはず、彼等の文章は読者に外国語の素養のあることを前提として書かれたものでありまして、体裁は日本文でありますけれども、実は外国文の化け物であります。そうして化け物であるだけに、分らなさ加減は外国文以上でありまして、あゝ云うのこそ悪文の標本と云うべきであります>(「文章読本」中公文庫)
もちろん、司馬遼太郎のタイプの文章だけが名文というわけではない。三島由紀夫は「文章読本」で、名文のサンプルとしてまったく性質の違う森鴎外と泉鏡花の小説を取り上げ、自分ででっちあげた悪文を紹介してから、名文の名文である所以を次のように力説している。
<先ほど私が作ったような悪文の悪さは、作家がそこまで自分の感覚を誠実につきつめないで、読者に対する阿りやいいかげんなリアリズムやいいかげんな創造力や、世間へほどほどのところで妥協した精神の上に書かれているので、醜悪な文章になるのであります。作家の個性が鏡花のように最高度に発揮されれば、それはそれなりに文章の亀鑑となるのであります>
ところで、三島由紀夫はこの少し前に、「さまざまな文章」のサンプルとして、石原慎太郎の小説「亀裂」から次の一節を引いている。
<陶酔の、その行為の瞬間に彼が感じる真実が、結局はその一瞬のものでしか有り得ぬと言うことへの焦燥を、同じその行為の内で消し去ることを彼は無意識の上に願ってもいた。そして彼は突然手に入れた涼子と言う女の体を通じて、ふと、何故かふとそれが出来得ると言う予感に襲われるのだ>
私にはどうみてもこれは通俗的でありきたりの手垢のついたことを、勿体ぶって難解に書いた悪文の見本だとしか思えない。三島由紀夫は石原の文章について次のように書いている。
<ここでは、日本語はいったん完全に解体されて、語順も文法もばらばらにされて、不思議なグロテスクな組み合わせによって、異常な効果を出しています。しかし石原氏にとって損なことは、その文章が横光利一氏のように、故意の翻訳体の形において人の感覚に刺激を与え、それからめざめさせるという効用を、現在はほとんど持っていないことであります>
これはどうみても、誉め言葉だとは思えない。その上、文章の明晰さと美しさを強調した「文章読本」の文章らしくもなく、三島の解説文自身があまり明晰ではない。名文家の三島にしては珍しく、「ほどほどのところで妥協した精神の上に書かれている」としか思えないのである。
北杜夫はある小説について、三島由紀夫から電話でこっぴどく叱られた体験を書いていた。三島はそのとき、「これを発表しようと思ったが、ここで君に言ったので発表はしない」と語った。北杜夫は三島のこの気持をとても有り難い友情だと感じたと書いている。
三島は石原慎太郎にもアドバイスをし、ときには苦情を言ったのではないか。この点、石原が三島をどう思っていたか。北杜夫と違って、素直に受け入れたとは思えない。三島の「文章読本」に自分の文章とその解説を発見して、あまりよい気分がしなかったはずだ。
石原慎太郎は三島の死後、三島との交遊についていろいろと書いている。私はまだ読んでいないが、「三島由紀夫の日食」には、三島と慎太郎の最後の交流となった料亭の部屋で三島が居合い抜きを見せる場面が書かれているという。
三島のへっぴり腰に、慎太郎が笑いをこらえていると、突然、真剣が裂帛の気合いで慎太郎の頭上めがけて振り下ろされた。
<『氏としては私の頭上で刀を止めて脅すつもりだったのだろう。しかし間尺を誤った刀は私の頭上の鴨居に音を立てて切りつけ 刃が食い込んだ。 「あっ」、と小さく叫んで、真っ直ぐ引けばよかったが、焦って捻ったために、ばりんと音を立てて刀の刃が大きく割れてこぼれた。(中略)
「この部屋は居合いには狭かったな」 私は可笑しくなって、 「それは変だな、居合というのはもともと狭い部屋でやるもんでしょうが。これが本当の勝負だったら、あなたが鴨居を切っている間に僕は貴方の腹をかっ割いていましたよ」
いったら顔色が変わり、 「君は またよそへ行ってこのことを喋るんだろう」 「いや態々話はしませんが、間尺を間違ったら居合も命取りになりますね」 いったら黙ったままだった>
石原慎太郎のこの文章は三島が引用した「文章読本」の文章よりはるかに明晰である。しかし、名文だとはいえない。それは名文のもう一つの、しかも決定的な条件が抜け落ちているからだ。それは品格である。
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