橋本裕の日記
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| 2005年02月03日(木) |
社会ダーウィニズムは科学か |
社会ダーウィニズムに対する砦として、芸術・文化、思想・宗教の二つを上げた。今日は3番目の科学について書いてみよう。そこからさらに話が発展して、私が根源的と考える4番目のものに触れることができるかも知れない。
科学が社会ダーウィニズム批判に有効な手段であるというと、少し首を傾げる人がいるだろう。なぜなら、そもそも社会ダーウィニズムは進化論という自然科学的な方法を社会現象に応用したものだからだ。
たしかに「社会ダーウィニズム」の売りの一つが、これが科学的な真理に立脚したものだということである。ダーウインの進化論が真理であれば、当然、それを社会現象に応用した「社会ダーウィニズム」も真理だと考えられる。
これに対して、生物界と人間界は別物だという反駁がある。人間以外の生物界は弱肉強食・適者生存の世界だが、人間は理性をもつ高等な霊的存在であり、人間以外の生物と同等に置くことはできないという、しごくもっともな考え方だ。
私はこれも充分妥当性のあることだと考える。人間の行動を動物のレベルでとらえ、人間も遺伝子の運び屋であり、その行動は博愛的なものも含めて、遺伝子の利己的なふるまいで説明できるというのは、いささか行き過ぎではないか。
人間はともすれば因果の法則に盲目的に従い、欲望と打算によって、迷いの世界を彷徨ってはいるが、しかし、釈尊やソクラテスのように、こうした人生のあり方を根本的に反省し、そうした現実からの解脱を成し遂げようとする者もいないではない。
もちろん、これも「利己的な遺伝子」の一つの振る舞いだといえなくはない。そして人間をも含めた生物界をひとつの科学的論理で説明することについて、そのあやまりを科学的に指弾することはなかなかむつかしい。これは専門的な知識の問題ではなく、論理的な構造から言って、ほとんど不可能ではないかと思っている。
そこで、私の考えるのは「適者生存・自然選択説」や「利己的遺伝子モデル」を否定するのではなく、これと対等なもう一つの科学的で論理的なモデルを創造することである。幾何学にさまざまなモデルがあるように、進化論にも様々なモデルがあってもよい。
私自身の考え方を言えば、人類もふくめて生命の世界はひとつであり、その本質は「共生原理」によって成り立っていると考えている。とくに人類が他の生命に優越する特別な存在だと考えなくても、すべてはこの原理から説明できると思っている。
私はこの可能性を指摘するだけである。これを精緻な科学的理論として完成することは私の夢だが、じつのところ世界放浪にあこがれる私にそんな時間の余裕はない。それに、非才の私が買って出るまでもなく、誰か優秀な科学者が、近い将来に必ずこれを成し遂げてくれるだろう。
社会ダーウィニズムに話をもどそう。これを論理的・科学的に否定することはむつかしい。しかしここで大切なのは、社会ダーウィニズムだけが唯一の論理的・科学的なスキームではないということだ。この可能性に目を見開かれるだけで、私たちは社会ダーウィニズムの圧迫からずいぶん解放されるのではないだろうか。
私の頭にこうしたアイデアが浮かんだのは、十数年前にトルストイ(1828〜1910) の「アンナ・カレーニナ」を読んでいるときだった。主人公の一人であるレーヴィンが何度か信仰上の問題で行き詰まり、自殺しようとする場面がある。レーヴィンはトルストイの分身である。彼の葛藤はそのままトルストイの思想的葛藤だと言ってよい。
そこに描かれているのは、まさに社会ダーウィニズムに対する不信感と嫌悪感である。この思想が吹き荒れた時代、トルストイやドストエフスキーのような第一級の文学者・思想家は、全身全霊でこれに対峙しなければならなかった。彼等の小説を丁寧に読めば、自らの思想を守ろるためにこの科学的思想と対決し、悪戦苦闘した様子がわかる。
そしてトルストイもドストエフスキーも、科学的な世界観に対する否定的な方向に進んでいった。当時の科学万能の時代風潮のなかではやむを得ない反応だったのだろう。これは残念なことだが、もし彼等の時代にもう少し別のタイプの科学的で合理的な理論が存在したとしたら、彼等は科学そのものに背を向けたりはしなかっただろう。
トルストイはもう一人の主人公であるアンナを助けることはできなかったが、レーヴィンを助けることはできた。それでは何がレーヴィンを救ったのだろう。科学でないことはたしかだ。それでは芸術・文化だろうか。宗教だろうか。私はそうではないと思っている。彼は物語の最後の方で、こうつぶやいている。
<おれは、百姓と共通のこの喜ばしい知識を、おれの魂に平安を与えてくれる唯一のものであるこの知識を、いったい、どこからえてきたのだろう? どこからとってきたのだろう?>
彼はそれを身近な自然から、そして身近な人々の示してくれる善意からとってきた。つまり彼を救ったのは、何か高尚な理論や芸術ではない。教会でさえなかった。あえていえば、もっと身近にあって親密な存在、彼の妻や彼の子どもや友人たち、農夫や犬や小鳥たち、つまり彼の「人生」が彼を救ったのだ。
残念ながら、トルストイにはレーヴィンのような人生がなかった。むしろもう一人の分身であるアンナに近かった。そして彼の晩年は世界的名声と栄光に包まれていたが、実はかなり淋しいものだった。死期の近づいた彼は、誰にも行き先を告げずに家を出て、小さな停車場アスターホヴォの駅長の宿舎でひっそりと生涯を閉じている。
<なんだってあの人たちは、向こうの箱のあの若い人たちは、あんなに叫んでいるのだろう? なんだって笑っているのだろう? 何もかもみんなほんとうじゃないんだわ、みんなうそだわ、みんな邪悪だわ>
<わたしはどこにいるのだろう? わたしは何をしているのだろう? 何のために?>
トルストイの最後の心象風景はおおよそ想像がつく。なぜなら、彼はアンナの最後を微細にわたって、雄弁に描き残しているからだ。トルストイが死んでしばらくして、ロシアに革命が起こった。そして、第一次、第二次大戦が起こり、世界は地獄へと堕ちていった。
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