橋本裕の日記
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2005年01月26日(水) 国を食い物にした一族

 西武鉄道の前身は、堤康次郎が1912年に設立した武蔵野鉄道で、これが1946年に西武鉄道と商号を変更した。東証に上場されたのは、1949年である。その後、西武王国が成立する過程でどんなことが行われたか。

 その内幕を暴露した本がある。書いたのは、堤康次郎、義明両氏の二代にわたって仕えた「大番頭」の中嶋忠三(故人)で、本の題はそのものズバリ、「『西武王国』その炎と影−側近No.1が語る狂気と野望の実録」(サンデー社)だ。

 忠三郎氏は戦前、東京地裁判事や上海総領事などを務めた後、1946年に西武鉄道に入社し、役員兼専属弁護士として、康次郎、義明氏の親子二代に仕えた。

 中嶋忠三氏がこの本を書いたのは、西武グループの草創期の精神と苦労を、若い社員たちに伝えたかったからだという。しかし、事前に本に目を通した堤義明は驚いたに違いない。そこにはあまりにもおぞましい自らの悪行が赤裸々に語られていたからだ。

 90年9月の出版を前日に、西武鉄道前社長の戸田博之(当時は常務)がやってきて、1億円の小切手と引き換えに、本の出版を見送るように説得した。そして本はコクド(当時・国土計画)の秘書室がトラックを手配し、一晩のうちに全て回収され、焼却処分されたのだという。したがって、この本は正式に出版されたとはいえない。

 それでも、中嶋忠三氏の息子さんの手元に残された一冊によって、本の内容を知ることができる。この本を紹介した「東京新聞」(2004/12/1)の記事から、国会でも疑惑が追及された東海道新幹線の新横浜駅周辺の土地買収について、忠三氏の文章を孫引きしておこう。

<東京オリンピックの前年のこと、東海道新幹線建設にまつわる土地の件では、厄介な問題が発生した。私はこれにも大いに働いた。

 堤は、新横浜駅建設予定地を測量が始められる以前に知り、その周辺の地所を何万坪も買い占めていた。しかも、西武の名を出せば、直ちに察知されると思い、関係する不動産会社を使って買収していたのである。
 
 堤がどこから情報を得たかは、はなはだ微妙な問題ではあったが、国鉄筋からの情報に間違いないところであった。

 西武がここでいかに大きな利益をあげたのかは計り知れない。まかり間違えば、大変な事件に発展するところだった>

 たしかに、堤義明もこんなあぶない内輪話を暴露されてはたまらないだろう。しかも、著者は西武の番頭としてトラブル解決を一手に引き受けてきた人物である。本人は西武のためにこんなに尽くしてきたという思いがあるから、よけいに始末が悪い。

 堤康次郎は、政治家として衆議院議長まで登りつめ、政治家の力も役得も熟知していた。その役得を100パーセント利用して、巨万の富を築いた。その出発点はかっての皇族・華族や、国鉄などの公共の土地や施設を安く買い叩いたものである。

 二束三文の土地を買いあさり、そこに政治力を使って道路を通し、土地を高騰させて得た不当なものもある。ここで「噂の仕置人」こと草野洋さんの言葉を引用しておこう。

<先代康次郎は衆議院議長にまで登りつめた"政商"で、その政治力を駆使して滋賀県だけでなく埼玉、群馬など次々と土地を手中にし、事業展開をする。そして地方自治体の知事や市長らを抱き込む。そして自治体の共有財産を食いものにする。

 名神高速道路の通る地域を、国会議員の立場を利用していち早く情報をキャッチし、周辺の山林を二束三文で買収した。間もなく建設予定地があるその山林を道路公団に売却する条件として、高速道の下にいくつかのトンネルをつくらせた。

 もちろん周辺の土地は高騰し、予めトンネルを通しておいた高速道路の向こう側も住宅を建てて売却した。これなどは、公共の資金で道路をつくらせ付加価値をつけて値を上げ、そして暴利をむさぼる。"西武悪徳商法"の典型だろう>

 義明は先代康次郎と違って自らは政治家にはならなかったが、40年にわたって、政権党である自民党の幹部をあやつってきた。たとえば小泉首相が所属し、森前首相が主宰する清和会の事務所は、いまだに赤坂プリンスホテルにある。

 こうして堤義明は日本の政治に隠然とした力を及ぼしてきた。西武グループの数々の悪行が暴かれ、王国の威光は地に落ちたとはいえ、その総帥である義明にまで司直の手が及ぶかどうかわからない。義明を留置所の塀の中に落とす正義の風がいかに吹いても、政界の方から、これをうち消すどす黒い風がもうれつに吹いてくるに違いないからだ。

(参考サイト)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20041201/mng_____tokuho__000.shtml


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