橋本裕の日記
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2005年01月21日(金) 寒々とした声量指導通知

 20日の朝日新聞夕刊に掲載された「国歌の声量、事前指導を」の記事を読んで、日本もここまで来たかと寒々とした思いになった。記事から抜粋しよう。

<東京都町田市の教育委員会は、今春の卒業式・入学式で児童・生徒が校歌などと同じ声量で国歌(君が代)を歌うことができるよう、事前に指導することを定めた通知文を市内約60の小中学校長に送った。都教育委員会は、昨年の卒業・入学式で「国歌斉唱」の際に起立しなかった教員らを200人以上処分しているが、児童・生徒の声の大きさまでは指示していない>

<通知は昨年12月16日付で出された。卒業式・入学式の重点項目として、「国旗及び国歌について十分な事前指導を行う」とあり、「特に、国歌については、ほかの式歌と同様の声量で歌うことができるよう指導する」としている。さらに、1月から3月までの国歌の事前指導の計画書や、式当日の実施状況の報告書の提出なども求めている>

<都教組町田支部は「これまでの教師への強制に加え、今回は生徒の内面にも踏み込むもの。思想・信条や国籍・宗教上の理由で歌えない小中学生もいる」と通知を問題視する。近く、内容の撤回を求める要望書を市教委に提出するという>

 こうした通知が出たのは、昨年4月の定例会で、教育委員の一人から「式場で国歌の声が小さい。きちっと歌わせてほしい」と市教委に要望があったからだという。市教委指導課は「国歌だけ声量が違うのはよくない。事前指導については各学校に任せる。子どもに自信を持って歌ってもらうためで、強制ではない」と話しているが、「強制でない」というのは建前にすぎない。いやはや何とも馬鹿馬鹿しい時代になってきたものだ。

 私の次女の通っていた名古屋市の公立高校はたいへん自由な学校だった。しかし、転勤してくる先生の中には、その自由な校風を「ゆるみすぎだ」と苦々しく思う人もいた。何かにつけて、「髪が茶色い」「スカートが短い」というので、「先生なら、もう少し内容のあることを言って下さい」と生徒達が逆襲したという。

 次女もその高校に通っていた頃はルーズを穿き、髪を染めていたが、決して不良ではなかった。ボランティア活動にも参加したし、塾で家庭教師のアルバイトをしながら小遣いを稼いだ。塾や補習とは無縁の3年間を過ごしながら、親の希望した公立大学に進学している。

 これに対して、私がかって勤務した豊田の県立高校では、国旗や国歌への指導からはじまり、ついには下足箱の靴の向きまで強制していた。そして明けてもくれても受験勉強である。たしかに大勢の生徒を有名大学に進学させたが、それが本当に「教育」の名に値するものであったか疑問である。

 その一端は、「日の丸の好きな県立高校」にも書いた。日本中をこんな自由のない、そして「教育」とは無縁の寒々とした世界にしてもよいのだろうか。そんな打算と強制だけが支配する世界で、子どもの豊かな心が育つとでも思っているのだろうか。教育を誤るということは、国の将来を誤ることである。私は熱烈な愛国者ではないが、最近の日本のありかたについては、憂国の情を抑えがたい。

−−「日の丸の好きな県立高校、気骨のある生徒」より抜粋−−

 全国にどのくらい学校があるのか知らないが、下足の向きまで完全にそろっている学校は少ないだろう。どうしてそんことが可能かと言えば、教師がそれをチェックしているからだ。下足の向きが違っている生徒がいると、番号に印がついた名票が担任のところに回ってくる。生徒は朝のSTで注意されて、すぐに昇降口に走るのである。

 だから生徒もそんなへまはしない。校則に従って、素直に下足の向きを揃える。教員が言われた通り、机の上を空にし、入り口の名札を裏返しにして帰るのと同じである。しかし、教員に天の邪鬼がいるのと同じく、生徒にも天の邪鬼がいる。私のクラスのS君である。印の点いた名票が私のところに回ってきたので、「下足の向きが違っている」と注意すると。「どうして反対ではいけないのですか」と反問してきた。

「学校の規則だから従うべきだ」と型どおりの答えを言う。
「なぜ、そんな規則があるのですか」
「この学校はお客さんが多いだろう。お客さんを真っ先に昇降口に連れて行くんだ。下足をそろっていると、この学校は生徒のしつけが行き届いていて、良い学校だなと思ってもらえるだろう」
「それではお客さんによく思われるために、下足をそろえるのですか。なぜ、お客さんによく思われないといけないのですか」

 食い下がってくるS君を説得できなかった。何しろ私自身、「下足の向きなどどうでもいいじゃないか」と腹の中で思っているのである。説得に力が入らないし、迫力もなかった。S君は下足を直しに行こうともしないし、翌日も、その翌日も私に名票がまわってきた。

 職員室の私の席はB指導部長の前だった。職員室の机の配置は、各部ごとにまとまっていて二人ずつ向かい合っているが、部長や主任だけは教頭と同じ向きで、ヒラの教員を監督できるようになっていた。B部長の席の前に私と指導部副主任が向かい合っていた。誰がどの席に座っているかで序列がわかったが、私は副主任についで指導部No3の位置にいた。席が決まっているのは毎朝職員朝礼が行われる会議室でも同じだった。とにかく序列にうるさい学校だった。そして教員や生徒までがそれを気にするのである。

「おまえのところのSはどうなっているのだ。毎日下足が駄目じゃないか」と、B指導部長がとうとう苦虫を噛みつぶしたような顔で声をかけてきた。
「どうにも、説得ができません」と私はうなだれた。指導部員として面目ないことだ。あきらかに力量不足である。教師としても情けない。
「すぐに呼んでこい」と部長の声が荒くなる。
 授業中に呼び出すと、さすがS君も青ざめていた。B部長は怒ると目つきが違ってくる。教員の私でさえ蛇に睨まれた蛙のようになるのだから、生徒が恐怖心を抱いくのも無理はない。

 私はS君もすぐに折れるだろうと思った。ところが、指導部長の前で床に正座させられても彼は態度を変えなかった。「つべこべいわずに、規則に従え」と声を荒げるB部長に、「納得できません」と食い下がっている。B部長の目が怒りに煮えたぎっていた。私はそっと目を伏せた。やはり保護者召喚かなと憂鬱になった。しかし下足の向きが違っているので、保護者を呼び出すなどということは何とも馬鹿らしい。

 B部長もそこまで決断ができなかったようだ。
「担任の側で、正座していろ」
 そう言い残すと、不機嫌を体に現し、物も言わずに職員室を出ていった。S君は立ち上がると、今度は私の横に来て正座した。
「直してこいよ。もう終わりにしよう」と言うと、
「いやです」とはっきりいう。

 そのとき、私は高校時代体育の時間、教師に抗議して座り込んだ気骨のある同級生がいたのを思い出した。そのとき、私も彼の傍らに座ることで「こんなことはやめてください」とはっきり意志表示をした。結局クラスで7人ほどが座り込み、私たちは教官室に呼ばれて説教されたが、そのときの自分たちの行動を私は誇りに思っている。人生、意地を張りたくなるときもある。私ははじめからS君を叱責する気にはならなかった。むしろS君に同情していた。

 チャイムがなり、教員たちが職員室に帰ってくる。
「どうしたのですか」と口々に訊かれて、
「ちょっと、下足の向きがね」と私は苦笑するしかない。クラスの生徒が何人か入り口からこちらを眺めていた。次は私の物理の授業だった。
「どうする、まだ坐っている?」と訊くと、
「はい」と彼はうなずいた。しかしもう慣れない正座が限界に達していることはあきらかだった。

 授業の途中、彼はやってきた。しかし、彼は私と目をあわさなかった。授業が終わって昇降口に行くと、彼の下足の向きがなおっていた。私はホッとしたが、同時に淋しくなった。S君は納得したわけではない。私も含めて学校の教師に不信感を抱いたことだろう。私は自分と生徒との間が次第に遠くなっていくのを感じて、こんな学校に長くはいたくないなと思った。

http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/koukou.htm


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