橋本裕の日記
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2005年01月12日(水) 自由を守り抜く

戦後60年間、私たちは日本国憲法のうえにあぐらをかいて、あまりにも「自由」を粗末にしすぎた。「平和」と「自由」があるのは当たり前だと思っていた。そうしたものがない社会にしないためにも、「平和と自由を守り抜く」という覚悟が必要だ。

 しかし、戦争を体験した世代が少なくなって、<日本を再びああいう国家にしてはいけない>と切実に思う人も少なくなってきた。それどころか、石原慎太郎をはじめ、<日本を再びああいう国にしたい>という人たちの声が、テレビや新聞、雑誌でもてはやされている。

 そうした中で、中国新聞は昨年12回にわたって、「宮沢喜一元首相が語る『ハト派の伝言』」を連載した。とくに最終回(12月27日)の「21世紀に託す記憶」が心に残った。「自由」の大切さを強調した部分を引用しておこう。

<思い返しても、戦争中の苦労や、食べ物のないつらさはほとんど記憶にない。覚えているのは、自由が圧迫される時の苦しさ、つらさです。例えれば、空気がなくなっていく過程に似ているのではないでしょうか。いくらでもある時はありがたいとは思わないが、なくなると苦しくなる。気付いた時はもう遅い。すべてが失われ、死滅する>

<私は日本人は、全体的に一つの方向にまとまっていきやすい国民と思っている。戦前は、国定教科書がこうした国民性をつくり上げる役割を果たしていた。戦後、教科書制度が変わって改善されると思ったが、どうもそうならない。日本人は、物分かりがいいもんだから、同じような反応をしてしまうんでしょう。本当は、一人ひとりがもっと個性的になっていいはずなんですがねえ>

<現代社会の荒廃は、戦後民主主義の「行き過ぎた自由」が原因だという意見をよく聞く。若者のモラルの低下を防ぐために、自由を規制しようとする動きが自民党内にあるのは事実だ。自由っていうものをあんまり粗末にするもんだから、そんな風潮になってしまう>

<私は、長い政治家人生の中で何度か閣僚をさせてもらった時、春の入省式で新入生には必ず「戦争だけはしてはいけない」と言ってきた。この気持ちはまったく変わっていないし、今でも機会があればこう言い続けている。そのために必要なのが、「自由を守り抜く」ことだ。

 「戦後の日本で一番いいことは」と聞かれれば、私は「自由があること」と答える。これこそが社会の活力だからだ。ですから、これからの時代を生きていく人たちは、自由の制限につながるような芽を常に摘み取っていく―その努力を怠らないでほしい>

 次世代へ託すメッセージに、宮沢喜一元首相は「大樹深根(たいじゅしんこん)」を選んでいる。大樹がしっかりと大地に立つには、土中に太い根を張らねばならない。大樹のような堂々とした社会は巨大な根を持っている。それが『自由』であり『人権』である。根が枯れたとき、大樹も枯れるしかない。

 宮沢さんの『大樹深根』にはこうした思いがこめられている。自由という根を大切にして、平和という大樹の実りを守らねばならない。言論の自由は、「言論の自由をなくせ」という自由もふくむ。そうした声に主導権を奪われて、日本を再び自由や人権のない国にしてはいけない。それは社会の息の根をとめる自殺行為でしかないからだ。

http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/hato/h12.html


橋本裕 |MAILHomePage

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