橋本裕の日記
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2005年01月11日(火) 田原総一郎との対話

 今日は、田原総一郎氏との架空対談を試みた。小林よしのり氏との対談と同じく、田原氏の言葉は、小林と田原総一郎の対談集「戦争論争戦」(ぶんか社)から、田原氏の発言を一字一句正確に再現したものである。

私「田原さんは小林さんの『戦争論』をどう評価しますか」

田原「とにかく大力作だ。まず、若い世代への危機意識を強く感じた。僕は、とくに年のいった世代が、これを読まなきゃいけないと思っているね。若い世代はわりに素直に入って来るんだろうけどね」

私「田原さんも、小林さんと危機意識を共有されているわけですね。やはり日本人は『公』の意識がなくなってきたとお考えですか」

田原「僕は個のところと公のところと、両方が必要だと。そこでどうするかと迷っている。求めているという点では、小林さんと共通すると思う」

私「小林さんは国家のアイデンティティというものを持たなければ、個人も崩壊すると述べていました」

田原「個人がアイデンティティを持ち、自立してはじめて、国家のアイデンティティはあるのです。国家のアイデンティティがあってはじめて、個人があるというのは、国家主義だよ」

私「田原さんは国家主義はいけないとお考えですか」

田原「太平洋戦争が始まった昭和16年は小学校1年、終戦のときは5年生。小学校の校長は『君らの命は20歳までだと思え。その先は大東亜共栄圏建設のための捨て石となれ』といった。国のために死ねと教えられたわけだ」

私「そうした教育の影響を田原さんも受けたわけですね」

田原「お国のために死ぬものだ、それが当たり前だと考えていた。ところが戦争が終わると、教科書に墨を塗ったり、切り取ったりがが始まる。そして今度は、教師とか校長とかいろいろな連中が、あの戦争は間違いだった、あんな戦争のために死ぬのはバカだ、ああいう国家に日本を再びしてはならないと教えたわけね」

私「それで軍国少年が180度転向して、国家主義はいけないということになったわけですね。小林さんの場合と反対ですね。彼は個人主義から出発して、そこで行き詰まって『やはり国が大切だ』ということになった」

田原「僕は日本をとっても愛しているし、心に中では日本のために死ねると思っている。ずっと一貫して。だけどああいう国にしちゃいけない、ああでない国にしようと思ってきた」

私「国を愛するという点では、小林さんとは同志なわけですね。もちろん、私も国を愛していますが、日本のために死ねるとは思えないな」

田原「公は賛成。個人は公もためにあらねばならないというのは。ところが小林さんの本を読むと、ああいう戦前の日本がいかによかったかと思えることも描いてある。それは、僕はやっぱり違うんじゃないかと思うんだ」

私「戦前のどういうところがいけなかったとお考えですか」

田原「日本という国家は、基本的人権からなにから、あらゆるものをまったく守ってくれなかった。逆に、国家は一方的に奪った。一方的な奉仕だけを強いたわけだよね、死ねと。20歳以降は命があると思うな、天皇陛下のために死ねと教えられて、当たり前だと思っていたんだけど、何だか国家は個人に要求するばっかりするじゃないか」

私「私は江戸時代以前の歴史もふくめ、明治、大正のころまでは、日本という国が好きですし、大いに評価したいと思っています。たしかに現在の基準で考えるとおかしいところはたくさんありますが、当時の世界の歴史の中においてみると、すばらしいものがあった。江戸時代には寺小屋教育が全国に行き渡っていて、識字率は世界一高かった。幕末に日本を訪れた外国人は、庶民にとって日本は世界で一番住みやすい国ではないかと誉めている。それが、日清、日露と戦争するたびに段々悪くなっていく」

田原「1932年の満州事変のあと、32年に満州国をつくる。国際連盟はこれを認めなかった。で、37年日華事変、39年ノモンハン事件と、えい、中国もやっちゃえというんで出ていった。だんだん、だんだん、いくんですよ」

私「なぜ、そうなったのか。そのころの国際社会そのものが弱肉強食の時代だったから、これはもう仕方がないんだという主張をする人たちがいます。当時は、強い者が弱い者を支配し、収奪するのは当然だという雰囲気があった。それを打破して、日本が共存共栄の新秩序をたてようという、いわゆる『大東亜共栄圏』という思想もあった」

田原「先進国か植民地化される国かの選択しかなくて、先進国を選択した。それで、まあ、僕は日本はあせりすぎたんだと思うけどね、だんだん世界から非難されるんですよ。やりかたがあこぎだとか露骨だとか」

私「日本がアメリカ、イギリス、オランダなど植民地支配をしていた西側列強を敵に回して戦争した。日本は破れはしたが、そのおかげで、東南アジアの国々が解放され、独立できたという人もいます」

田原「東南アジアのために戦ったんじゃない。それは後づけの理屈ですよ。やっぱり僕は、日本が朝鮮半島を植民地化し、中国を侵略したのは事実だと思う。日本が東南アジアに行ったのは、新しい資源を求めたんだ」

私「私も国内の経済的要因が大きかったと考えています。そして、外に対して侵略が始まると同時に、国内でのしめつけが厳しくなります。ちょうどそのころ、田原さんは小学生になり、お国のために死ぬのが本望だという教育を受けるわけですが、そうした戦前・戦中とくらべれば、戦後のほうがやはりよっぽどいいわけですね」

田原「日本は一貫して非常によくなってきたと思っている」

私「私は体験はないわけですが、言論の自由が制限されていた戦前にもどりたいとは思いませんね。経済的にも戦後の伸びは驚異的です。私は現在でも日本は世界で一番安全でゆたかな国だと考えています。まあ、いろいろ問題はでてきていますが、それほどひどいとは思っていません」

田原「アメリカに占領され、アメリカナイズされて、日本的な独立心や民族意識みたいなものが稀薄になって、これはとてもよくないという人が多い。しかし僕は、すくなくとも戦後の大部分には肯定的なの。アメリカからの押しつけなのは百も承知だけど、日本が新しい憲法を作ったのはやっぱりよかった。わけがわかんなくなってきたのが、1980年代の後半ですよ。つまり東西冷戦が終わるまでは、日本のあり方はとてもよかったと、僕は思っている」

私「1980年代の後半から悪くなりましたか。私はバブルがはじけたころから、少しまともになったのではないかと思っています。エコロジー的な発想も育ってきましたからね。しかし、戦前の社会に戻りたくないという点では田原さんに一致しています。小林さんのように、戦前がよかったとは思えません」

田原「戦争論はすごい力作だと思っているんだけど、ちょっと方向が違うなと。こういおう国づくりというか、公の再生は、ちょっと違うんじゃないじゃと。とくに読ませるところは、戦争で一生懸命戦った兵隊さんを描いていますね。でも、ああいうのを英雄にしちゃ、やっぱりまずいんじゃない?」

私「小林さんにとって、お国のために死ぬというのは『公』の最上のものなのです。だから、お国のために死んだ人は、みんな英雄であり、称えなければならない。そうした考え方をする人が今の日本に、若い世代もふくめてかなりいるようです。田原さんは戦争に参加した人々のことをどうお考えですか」

田原「僕らの親たちは戦争に参加した世代ですね。親たちはやっぱり犠牲者だ。戦争で自分の人生めちゃめちゃになった」

私「英雄ではなくて、犠牲者に過ぎないというわけですね。しかし、実際に戦争で他国に攻めていって人を殺しています。たんに犠牲者だということですませてよいのでしょうか。もう少し言うと、僕らの親の世代に戦争責任はなかったのでしょうか」

田原「僕は、その親たちが戦争を止められなかったという不満は感じつつも、やっぱり親たちを、それはもう大肯定していますよ。同じように、やっぱり戦後の冷戦構造が続いた時代は、あの体制でよかったと思えるはずだと僕は思っている」

私「そうですか。私は戦争に参加した人は、それを見る立場によって、英霊にもなるし、英雄にもなる。そしてまた犠牲者にも加害者にもなるのだと考えます。もちろん、当時の状況を考えれば戦争に反対することは大変なことだと思いますがね」

田原「それは止められないことはわかっているの」

私「止めるどころか、国民や当時のマスメディアはほとんどこれに荷担していました。この点では、小林さんがいうように、軍部の肩を押したのは国民の方だったのかも知れない。戦争が終わって、悪いのは軍部だということになった。そうしたプロパガンダを一度疑ってみる必要があると思っています。とくにマスメディアや教育関係者の責任はおおきい」

田原「あんな時代に戦争を止めるなんて、そんな生やさしいことじゃない」

私「なるほど。あの時代を身をもって体験された方の重いお言葉として受け止めておきましょう。ところで、田原さんはこれからの日本についてどうお考えですか。アメリカ流の自由競争がよいとお考えですか」

田原「規制緩和を進めて自由競争にするというのは、優勝劣敗ってことですね。強い人間がどんどん稼ぎ、劣る人間はどんどん倒産する。でも、優勝劣敗をやっているのはアメリカだけなんですよ、世界で。世界の流れは、数でいえば圧倒的に社民(社会民主主義)なんだ」

私「ところが日本では、圧倒的にアメリカ流が幅を利かせていますね。アメリカがそんなによい国なんでしょうか。少なくとも庶民にはたいへんつらい社会ではないかと思います」

田原「ホームレスの数も圧倒的に多い。クスリも多い、暴力沙汰も、強盗もレイプも全部多い。はるかに多い」

私「ところが、優勝劣敗のアメリカ流を選ぼうとしている。学生にアンケートして、年俸制と月給制のどちらがよいかと訊いたら、年俸制と答える学生がたくさんいるそうです」

田原「それはだまされているんだと思う。絶対、給料のほうがいいに違いない。だって年俸制というのはプロ野球の選手みたいなものですよ。年俸制をやろうとしている会社は30代前半までしか活躍できない会社ですよ。証券会社や銀行のディーラーとかね、そんなのはだから35歳以後は絶望的、真っ暗なんだよ」

私「今をときめく経済評論家やマスメディアにだまされている学生はバカだということになりますか」

田原「年俸制でいいのは才能のある人間だけですよ。学生の間に、年俸制のほうがいいって風潮があるとすれば、それはなんか一種の流行に惑わされているとしか思えない」

私「田原さんや小林さんが年俸制というのなら分かりますがね」

田原「企業の方は年俸制にしたがっている。老後の保障をしなくていいからね。だからこんなご時世に年俸制がいいなんて、若い求職者がいうのは冗談じゃない。だいたい、よくアメリカは年俸制だなんていうけど、ここにもまた一つ大きな誤解がある。年俸制なんて、ごく一部エリートのホワイトカラー。いってみりゃ、ウォール・ストリートだけなんですよ」

私「やがて日本はアメリカ以上の弱肉強食の社会になりますね。私は国のアイデンティティという言葉は使いませんが、日本社会の美点という言葉は使います。それは、『おたがいに支えあうこと』だと思います。日本企業の強さもここにあった。その『和の文化』がいま崩れようとしています」

田原「ヨーロッパはそうしないでおこうと、社民へいく。それは、これまで日本のエコノミストたちが誇らしげに語っていたのとは、逆の方向なんですよ」

私「私はちょうど、田原さんよりも若く、小林よりもふけている。その間の世代です。ぎりぎり大学紛争も経験しています。団塊の世代、全共闘の世代でもあるわけですが、この世代について、何かお考えをお持ちですか」

田原「だらしない。全共闘は。小林さんたちが全共闘世代に対して、雨あられと機関銃を撃ち、爆弾ぶっ放しているのは、とてもよいことだと思う」

私「これは手厳しいですね」

田原「おもしろいのは、日大全共闘の多くが大学を辞めたのに、東大全共闘はほとんど辞めなかった。東大は、なんと卒業して、なんと学者になっている」

私「かわり身がはやい。やはり秀才だけあります。私など変わり身に手間どって、大学を卒業するのに6年もかかりました。教員になるのに、さらに4年もかかっています」

田原「全共闘のそのあとはわかる。あれは燃え尽きたんだ。20歳にして枯れたんですよ。もうあとは枯れ木。全共闘世代は、石なげて棒きれ振るって、あとは枯れちゃったの。だからいま余生を送っているの、余生。全共闘の多くは、もうどうでもいいと思っている。非常に保守的ですよ。そういう意味じゃ僕は、小林さんなんかにすごい期待しているわけ」

私「若い世代からみたら、私たちの世代はほんとうに俗物でしかない。毎日の生活しか頭になく、利己的で倫理観も喪失している。私たちの世代を反面教師として、『公』の意識が出てきた。その『公』の世界が「お国のために」という戦前の精神世界に、見事にシンクロナイズしてしまったわけです。そしてその不満が新旧両方の世代から「日本という国の危機」として意識されるようになった」

田原「日本が天皇でまとまるなんてこともないだろう。日本が一つにまとまるとすればね、僕は『危機意識』だと思う。日本という国は、決定的に資源がない。組むべき国も見つからない。昔もいまも変わらず、絶えずアメリカ、ソ連、中国の脅威にさらされ、危機意識をもたざるをえない。その危機意識を持たざるを得ないことが、僕は日本にとってものすごくラッキーだと思っている」

私「田原さんは日本には資源がないといいますが、私は最大の資源はこの緑の国土であり、そこに暮らす人々ではないかと思っています。和を大切にし、個を尊重する教育によって、未来の世代をになう子どもを育てることが大切なのではないでしょうか。そこで、もういちど『公』と『個』の問題に帰ってみたいと思います。田原さんは自分を愛国者だと言われました。しかし、同時に戦前のような自由のない国はもういやだとも」

田原「僕らはずっと、日本を再びああいう国家にしてはならないと考えてきた。これは左翼でも右翼でもなんでもないの。いわば愛国心ですよ。だけど、ああいう国にしてはいけない、ああでない国にしようと思っていた。だから、ああいう国のことはバンバン批判する。でも、僕らの弱味をいうと、ああいう国じゃない国を造ろうとして、ついに新しい国が発見できなかった、というところなんですよ」

私「封建的な権力構造が残る縦社会では、『公』の強制は必然的に、お上への服従になります。『公』の美名の下に、個人の尊厳や自由をないがしろにした滅私奉公的な風潮が支配的になります。そこで社会を民主化して、『公』が横のゆたかな繋がりを生み出すようなしくみを造る必要があります。民主的な横社会では『公』は隣人愛や社会的連帯といった横の繋がりを生み、『公』と『個』は敵対関係ではなく、ゆたかな協力関係をつくることになります。そうしたビジョンも処方箋もないままに、マスメディアの尻馬に乗って、いたずらに危機感を煽ることは慎みたいと思います。追いつめられた危機意識で国がひとつにまとまると、ろくなことがないですからね」


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