橋本裕の日記
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2005年01月07日(金) 命あふれる水辺

 昨日、青春切符を使って、琵琶湖湖畔の新旭町へあそびに行った。湖北にある新旭町針江地区は、2004年11月29日にNHK総合テレビ「地球・ふしぎ大自然」で放送された、「魚が家を訪ねる里 琵琶湖畔ふるさとの水辺」の舞台だ。この番組を見たときから、是非訪れてみたいと思っていた。

 JR木曽川駅を8:33に出て、岐阜、大垣、米原、長浜で乗り換え、北陸本線から湖西線に入って、11:03に近江今津に着いた。米原まで乗り換えが多いのは、新幹線をつかわせようというJR東海の腹黒い儲け主義に違いない。

 近江今津駅の旅行案内でレンタサイクルを借りた。2時間で300円で、一時間超過するごとに100円ずつ追加料金を支払うことになる。低料金で、しかも受付のお姉さんが素敵だ。自転車の乗り心地もよくて、これはとてもありがたかった。

 5分も走ると、湖畔に出た。曇り空だったが、対岸の伊吹山はくっきりと見えた。雪の山肌が美しい。湖面には水鳥が点々と浮かんでいる。江戸時代の街道を思わせる松並木の海岸を走っていると、サイクリング道路の標識が見えたので、そちらに入った。

 サイクリング道路は広く取ってあり、水ぎわを走っている。ヨシが茂り、水鳥が近くまできている。命あふれる水辺の様子に心がうきうきして、寒い風の中でもペダルを踏む足に力が入った。途中にいくつも休憩用のベンチがあり、案内の標識がたっていた。

 この辺りで観察される水鳥はヨシガモ、ヒドリガモ、ホンハジロ、キンクロハジロ、コハクチョウ、オオバンなどで、その数は11月から次第に多くなり、3月頃に最高になるらしい。カイツブリやカモ、ホオジロ、モズ、キジバト、オオヨシキリ、ムクドリなどの野鳥も見られるという。

 寒風の中をさらに自転車を走らせていると、湖面をヨシの群生が埋め尽くすばかりになった。セイダカオワダチソウなど外来種はみかけない。枯れた蘆をわたる風の音に耳を澄ませていると、これこそ日本の太古の風景かと思われ、安らかな思いに胸が満たされた。幼い頃は、こうした風景が身近にあったものだ。

 やがて風車村が見えてきた。風車が何基かあり、遊技場らしい施設があったが、季節外れのせいか人気はない。敷地の手前の川の堤がサイクリング道路になっていたので、そこを遡ることにした。川はコンクリートの護岸ではなく、自然のままの姿を保っている。幼い頃に戻って、故郷の川端を走っているような錯覚を覚えながら、自転車を走らせた。

 前方に、落ち着いた集落のたたずまいが見える。そこが新旭町の水郷集落だった。NHKの番組どおり、集落の家々の前を清らかな用水が豊かに流れ、大きな鯉が何匹も悠然と泳いでいた。小さな魚たちも水草の間で群をなしていた。清らかな流れのなかで、ゆたかな命が躍動していた。

 水路を利用したカバタ(川端)の暮らしが今に残っているのを、この眼でたしかめ、さまざまな生き物たちととともにある昔ながらの生活のゆたかさを実感することができた。カバタのある民家の瓦屋根には雪が残っている。素朴な暮らしを思わせる民家のたたずまいが好ましかった。

 カバタが家の構造の一部になっていて、NHKの番組では、家の中の水槽にも鯉が飼われていた。水槽に汚れた食器を入れると、鯉たちがきれいにしてくれる。外からヨシノボリのような小魚も訪れて、一緒になってそこに棲んでいる。「魚が家を訪ねる里」というキャッチフレーズのとおり、まさに童話の世界が現実になっている。

 こうした生き物たちによって浄化された水を外に流すので、集落を流れる水路はどこもきれいなのだ。昔の人はこうして自然と調和して生きる智慧があった。自然を守り、その恵みの中で、清らかにやさしく生きていた。

 私が小学生時代を過ごした若狭小浜にも40年ほど前までは、こうした水辺の暮らしが残っていた。田んぼの中に清水がわき出すカバタがあって、母もそこに通って洗濯をしていた。家々の中にも滾々と水がわき出していた。台所には階段状に3つの水槽があり、水を汲んで飲んだり、果物を冷やしたり、食器を洗ったりした。

 妻の母方の実家のある海部郡の梶島村でも、家の前の水路に降りる階段があって、水辺で洗い物をしていたという。じっさいにそうした洗い場を「カバタ」と呼んでいたらしい。現在は水路はいずれもコンクリートで固められて暗渠になっている。

 垂れ流しにされて汚れた生活排水のなかでは生き物は棲めない。これは私が現在住んでいる町の現状でもある。木曽川に近い私の家の近くには、田んぼや畑がまだかなり残っているが、川辺にも用水にも生き物たちの躍動する姿はない。

 カバタの暮らしはどこにでもあったのだろう。それがほとんど姿を消してしまった。そして川や海が汚れ、生き物の数が減って、私たちの周辺はすっかり淋しくなった。水が汚れれば生き物は棲めないし、野鳥も少なくなる。私たちも大量の塩素で消毒された苦い味のする水道水を飲むしかなくなる。

 集落からの帰り道、湖畔の野外休憩所で昼食にした。近江今津駅の近くのスーパーで買った290円の弁当を、琵琶湖の景色を眺め、小鳥の声を聴きながら食べた。雲がたれ込めて今にも降り出しそうな空のもと、かじかんだ手で鼻水をすすりながらの食事だったが、私の心はいつになくほがらかで温かだった。

 自然を大切にするカバタの暮らしが残っている琵琶湖湖北にきて、生き物たちの元気な姿を身近に眺めているとホッとする。海岸には弥生時代の集落跡も発掘されているそうだ。はるか昔から続く人々の営みが、こうしたなつかしい風景を育てたのだろう。故郷の匂いのするこの町を、これから何度でも訪れることになりそうだ。


橋本裕 |MAILHomePage

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