橋本裕の日記
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去年の年末にひきつづき、昨日、青春切符で若狭・小浜に行ってきた。この人口3万人あまりの淋しい裏日本の港町が、なぜか私をひきつけてやまない。
私は小学生のころ3年半ほど小浜市に住んでいた。少年時代へのノスタルジーもあるのだろうが、そればかりではない。潮の香りのするこの鄙びた小さな町のたたずまいそのものが好きなのだ。
この町には古い家並みが、人々の生活の匂いを漂わせながらそのまま残っている。石畳の路地を歩けば、そこはもう50年前、100年前そのままの世界だ。タイムカプセルのようなその異次元の世界に身を置いていると、いいようもないやすらかな気持になる。
これは麻薬のようなもので、これを味わった人間はもうその魔力から逃れることができない。川のほとりや路地裏を歩き、古い家の朽ちた庇を眺め、傾いた白壁の倉の前で、恍惚となって時の流れるのを忘れる。
小浜駅を降りた後、私はそうして町中をさすらい、海岸へ出た。背中に薄日を浴びていたが、目の前の海は荒れていて暗かった。半島の山は雲の中だった。海や雲の暗澹たる様子をしばらく眺めた後、海沿いにある「ごえん」という店で昼食をとった。
店を出た頃から、雨になった。やがて雨がみぞれに変わった。私はバックパックから携帯用の小さな傘をとりだして開いた。港を歩いているうちに、革靴やズボンが濡れてきた。それでもかまわず歩き続けた。
岸壁に漁船がならんでいる。しかし、ほとんど人気はない。海鳥が対岸の土手の上に何十羽とたむろして羽を休めている。見ると水の上にも鴨や鵜が浮かんでいた。くちばしの長い鷺のような鳥が、漁船のマストにとまって、じっと海面を見ている。
みぞれが雪にかわった。植え込みの赤い椿がうっすらと明るかった。何となく、「ああ、雪がぼくを歓迎してくれているのだ」と思った。悪天候をいまわしく感じていた自分が、きれいになくなっていた。素手のかじかんだ寒さや、濡れた靴やズボンも、コートの肩のしめりも気にならなくなった。風景を心ゆくまで味わった後、小浜駅に歩いた。
小浜線は単線で、めったに電車が走らない。私が小浜に住んでいた頃は、蒸気機関車が走っていたが、現在はもちろん電車である。明るい車内の風景は変わったが、沿線の風景にむかしのままの面影が残っていた。
山が間近にせまっていた。そしてその裾に集落が数珠のようにつながっている。どうして、山によりそうように家をつくるのだろう。そんなことが私にはわからない。しかし、そこに人々の暮らしがあるという事実が、とても鮮やかに、あたたかい実感を伴って心にしみてくる。
帰りの車窓からみえる風景は、横殴りに降りしきる雪の中でかすんでいた。しかし、その吹雪を眺めているうちに、私はなぜ自分が毎年この淋しい冬の旅にこんなにも惹きつけられるのか、わかったような気がした。
私は薄暗がりのなかに点っているほのかな灯りがすきなのだ。近代的な都市の白々とした明るさではなく、この北陸の裏寂れた風土の中に、それでもほのかににじみ出している雪洞のようなあかり。人肌のぬくもりや、いのちのやさしさ、かなしさ、その奥深いしたたかさが好きなのだ。来年もまた私は、この土地をこの季節に、ひとりで訪れるだろう。
今日は大晦日である。この一年間を振り返ってみると、世界は安寧とはいえなかった。とくに12月26日に発生したスマトラ沖大地震は阪神大震災の約1600倍の規模だという。津波による被害も大きく、10万人以上の人々がなくなるのではないかという。戦争と災害で明け暮れた一年だった。新しい年が少しでもよき年になるよう祈りたい。
私事を言えば、今年も一日も休まず、366日間、この日記を書くことができた。これは健康に恵まれ、一家が平穏無事だったからだ。そして、人々のはげましと、友情に恵まれたからだ。感謝しています。旧年中は、ありがとうございました。
それでは、みなさん、 来る年が幸多き年でありますように!
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