橋本裕の日記
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2004年12月24日(金) アナログとデジタル

 暖冬だったが、ようやくここに来て、12月らしい寒さになった。「寒くなったね」という会話が身近で聞かれるようになった。この寒いという主観的な感覚を、もっと客観的に測定するにはどうしたらよいか。

 こんなことを真剣に考えた人がいる。ガリレオはガラス管につめられた水銀の膨張や収縮が、「温度」に比例していることに気付いて世界で最初の温度計をつくった。もっとも彼の発明した温度計は片方の端が開いており、大気圧の影響を受けるのであまり正確ではなかったようだ。

 いずれにせよ、「暑さ、寒さ」などという感覚的なものを、水銀柱の長さという物理的なものに置き換えて、これを衆人の目に見える形にしたことは驚くべきことである。やはりガリレオは天才だったといわなければならない。

 一般に、ある現象を別の現象に置き換えて説明することを「アナロジー」という。温度計の水銀柱の変化は、「気温の変化」のアナロジーになっているわけだ。こうして私たちは気温を水銀柱に高さによって知ることができるようになった。

 こうしたアナロジーによってこの目に見えるようになった「量」のことをアナログという。時計の文字盤上の針は「時刻」というものを目に見える形で示している。秤の針は「重さ」のアナロジーであり、脳波の波形は人間の意識活動のアナログだといえる。

 さらに私たちはこの物体としてのアナログを「数字」に置き換える。水銀柱の「高さ」を目盛りで読むことで、最終的に温度は数字という抽象物に置き換えられるわけだ。つまりアナロジーの終着駅として「数字」が割り振られる。これをアナログのデジタル化という。

 すべてのものを「数字であらわす」というテクニックが行き着いた先が、現代のコンピューター技術だと言えよう。1946年にアメリカで世界初の電子計算機ENIACが作られたが、これはまだその名前の通り、単なる計算の道具でしかなかった。

 今日のコンピュータは文章を書いたり、絵を描いたり、映像やオーケストラ顔負けの音楽を作ったり、ゲームを楽しんだりもできる。こうした汎用的な使い方が、1948年にクロード・シャノンが発表した「情報理論」によって出来るようになった。若干32歳だった彼の理論が「計算機」の運命を変え、世界を変えることになった。

 彼の天才は一言で言うと、言葉、音、映像といった種類の異なる情報がすべて0と1という2種類の数字の順列に置き換わることに気付いたことである。これを情報のデジタル化(もしくはコード化)と言う。こうしてコンピュータは計算する道具から、情報を加工したり、蓄積、検索、伝達する道具、つまり情報処理のためのツールとして生まれかわった。

 人類の文明史は「アナログからデジタルへ」という流れで捉えることができるかもしれない。しかし、ここで大切な認識がある。デジタルはもう一度アナログの世界に変換されることで、はじめて私たちにとって意味の持つ存在になるということだ。

 つまり、デジタル社会で大切なのは、デジタル化する能力ばかりではない。それ以上に「アナログ化」する能力が大切だということだ。数値化された情報(データー)から、いかに豊かで具象的な現実を再現し、創造していくかがむしろ重要なのである。

 たとえば音楽は「楽譜」によってデジタル化される。しかし、楽譜は音楽ではない。たいせつなのはこの楽譜からいかにすばらしい音色をもつ音楽を創造するかということだろう。すぐれた演奏家ほどアナログの豊かな世界に人々を誘い込む。

 現代がデジタル化の進んだ社会であるだけ、私たちは「アナログ化」の能力を育てる必要がある。デジタル化の波は教育の世界にも押し寄せている。しかし、人間の能力を偏差値や数値で置き換えることが教育ではない。大切なのは、その先にある。教師もまたアナログ力を鍛えて、デジタル人間にならないように心がけたいものだ。


橋本裕 |MAILHomePage

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