橋本裕の日記
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昨日、妻に誘われて、岐阜の金華山に登った。ふもとの岐阜公園の登山口から、お城のある頂上まで、歩いて1時間半ほどである。登山コースはいくつかあるが、私たちが選んだのは「瞑想の道」という初心者コースだった。
私たちは途中で休憩をとりながら登った。12月とは思えないあたたかい日和で、少し歩くだけで汗ばんできた。もうとうに紅葉の季節は過ぎたはずだが、山にはまだ紅葉が残っていて目をたのしませてくれる。
私たちはリスを探したが、ふしぎなことに姿を見かけなかった。ただ小鳥達は木立のなかで鳴いていた。妻が立ち止まって、掌の上にピーナツを載せて待っていると、小枝から小鳥が飛んできて、妻の掌に止まり、それからピーナツをくわえて、飛び去っていく。
私も妻からピーナツを貰って、掌においた。そうすると、たちまち小鳥がやってきた。雀ほどの大きさの、ヤマゲラという鳥である。掌にいくつかピーナツをおくと、大きい方を選んでくわえていく。一旦選んでも、あらためて大きい方にくわえ直していく奴もいる。
見ていてかわいくて、面白い。人間を恐れない振る舞いは、こころをなごませてくれる。しかしやってくるのは、アカゲラばかりだった。シジュウカラは物欲しそうに近づくが、掌にとまろうとしない。雀も同じである。
頂上からは眼下に長良川が見下ろせた。そして木曽川の流れも銀色にひかって見えた。そこで妻と二人で、おむすびを食べながら、掌にピーナツをおいて、小鳥達にふたたび餌をやった。他にも餌をやっているカップルがいた。
金華山にくると、たくさんの命に出会えてうれしい。西洋流に言えば「食物連鎖」ということだろうが、私たちはそれを「いのちの輪」と呼ぶ。「いのちの結び」という美しい表現をする人もいる。同じ現象でも、それをどう眺めるかで、印象は随分ちがってくる。私は東洋流の知恵のある考え方が好きだ。
ペリーがやってきたとき、軍艦にたくさん鳥たちが訪れて、その無警戒な様子が、アメリカの軍人達を驚かせたようだ。彼等がそれを捕まえて殺したり、面白半分に鉄砲で撃ったりしたので、幕府の役人は「日本では殺生は御法度です」と言いわたした。のちに条約にその一条を入れたという。いい話だと思う。
山を下りた後、近くの用水を覗いてみた。そこにもたくさんの魚がいた。よくみるとヨシノボリもいた。以前、私の家の水槽で飼っていたとき、このハゼ科のユーモラスな顔をした魚を「おやびん」と呼んでいた。そこで、さっそく、妻に「オヤビンがいるぞ」と声をかけた。のんびり横たわっている姿がなつかしい。
私の家で飼っていたヨシノボリは山奥の清流でつかまえてきたものだ。家の水槽で1ケ月ほど飼ってから、もとの清流に返した。この秋に紅葉狩りがてら、オヤビンに会いに行こうと思っていたが、いろいろと忙しかった。いつもならその辺りはすでに雪の季節である。元気に生きていてくれるだろうか。
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