橋本裕の日記
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| 2004年12月08日(水) |
ひふみ・・・の不思議 |
手鞠が好きだった良寛さんの歌に、こんなのがある。
つきて見よひふみよいむなやここのとを とをとおさめてまたはじまるを
私たちは「山」を訓読みで「やま」といい、音読みで「さん」とよぶが、数字も二種類の呼び方を持っている。ひとつはやまと言葉で「ひい、ふう、み・・・」であり、もう一つは漢語式の「いち、に、さん、・・・」である。
金田一晴彦さんにいわせると、日本人は数量は「ひとつ、ふたつ・・」と数え、「一番、二番、・・・」と順序をあらわすときは、「いち、にい、さん、・・・」とよんで、この二つを使い分けてきたそうだ。たしかにそうかも知れない。
さて、ここで一つ疑問がある。「ひとつ、ふたつ、みっつ、・・・・・とお」の次にくるのは、今日では、漢語系の「じゅういち、じゅうに・・・」に統一されているが、やまと言葉では何と呼んでいたのだろう。
内林政夫さんの「数の民族誌」(八坂書房)によると、古事記には「トヲ・マリ・ヒト、トヲ・マリ・フタ、・・・」などの記述が残っているらしい。つまり私たちの先祖は「とお・あまり・ひとつ、とお・あまり・ふたつ、・・・・」という具合に数えていたわけだ。これは「十進法」である。
私たちは年齢の呼び方などは現在でも、二十を「はたち」と呼び、三十を「みそ」、四十を「よそ」などとよぶ。そして、百を「もも、ほ」、千を「ち」、万を「よろず」とよぶ。古事記には千五百(チ・イ・ホ)、万五千(ヨロズ・アマリ・イツ・チ)などが出てくる。
ところで、「ひとつ、ふたつ、みっつ、・・・」の数詞の由来はなにか。これには諸説があるが、特徴的なのは倍数関係が認められることである。「数の民族誌」のなかには次のような説が紹介されている。
ひとつ・・・・ヒタで単一の意味。 ふたつ・・・ヒタの音韻が変化、1の倍数。 みっつ・・・満る。 よっつ・・・ヨはますます増加すること。 いつつ・・・イツは極み。 むっつ・・・ミツの音韻が変化、3の倍数。 ななつ・・・ナベナシの転で、並べることができない奇数。 やっつ・・・ヨツの音韻が変化、4の倍数。 ここのつ・・・屈めるで、窮屈な指の形に由来。 とお・・・・止める、遠い、おしまい。
なお、古事記には7と9の数がまったく出てこない。これは古代の日本人が7と9を嫌ったためではないかという。その理由として、両手で対を作ることができなかったからだという白鳥庫吉博士の説がある。のちに7が縁起の良い数だと考えられるようになったのは中国の影響らしい。
(参考文献) 「数の民族誌」 内林政夫 八坂書房
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