橋本裕の日記
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2004年12月09日(木) 「1,2,3,4」の牧歌的世界

 原始の人たちの数感覚は「1,2,3、そして沢山」だったという説がある。たしかに、日本語の「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」も、「よっつ」は沢山という意味の「よろず」だと考えることができる。そして、こういうおおらかな世界はつい最近まで、地球上のあちこちに残っていた。

 それでは、このあと、どのように数を増やして行ったかというと、日本人の場合は、6を「3の倍」、8を「4の倍」というふうに倍数としてとらえたようだ。その痕跡が「みっつとむっつ」「よっつとやっつ」の対として残っている。

 私たちはものを数えるとき、「に、し、ろく、はち、・・・」と二つずつペアにして数えたりするが、古代人も同じ様なことをしていたのだろう。もっとも、これだと5,7,9が仲間外れになる。5はまだいいとして、7や9は大きすぎて数えにくい。古事記に7と9だけ出てこないのもこのせいかもしれない。

 漢数字を見ると、「一、二、三」は算木の横棒をしめしている。これはローマ数字でも、縦になっただけで同じことだ。漢数字はこのあと「四、五、六」と続く。白川静さんの「常用字解」によると、「四」は口を開いて笑う姿だという。ただし、中国人もさらに昔は算木を4つ横に並べた象形文字を使っていたらしい。

 人間は4個くらいまでなら目測できる。紙を数える場合でも、4枚ずつならできそうだ。しかし、5つになるとどうだろうか。一般に4個と5個の間には人間の個数認識力に断絶があると考えられている。このため4個ずつをまとめて数えることが広く行われたようだ。

 たとえば、印欧祖語の8をあらわすoktouは、ouが双数の意味を持つので、4の倍数という意味が考えられる。そして9のnewnは新しい(new)という意味である。4×2を終えて、また新しく数え始めるということのようだ。

 印欧祖語では、数詞1〜4は文法上特別な扱いをうけ、形容詞として語尾変化したが、5以上の数詞にはこの変化はない。ローマ人は1月から4月までを神の固有名で呼び、5月からは数詞で呼んだ。たとえば9月はNovemberである。ローマ人は子供に名前をつけるときも同じで、5子以降は、数詞で五郎、六郎、などとつけたらしい。

 数を4個ずつ区切っていくと、「4進法」、「8進法」、そして「12進法」が生まれてくる。実際、このような観点から「12進法」の起源を推測している学者もいるようだ。なお、4倍するかわりに4で割った単位がクオーターである。日本でも一両の4分の1が一分で、そのまた4分の1が一朱である。「4進法」の感覚は洋の東西を問わず、日本人にも顕著だったことがわかる。

 季節を4つに区切って、「春夏秋冬」と四季であらわすのも、「4進法」のせいだろうか。「古事記」には色は「青、赤、白、黒」の4色しか出てこないというが、これも「4進法」のせいで、古代日本人はシロ、クロ、アカ、アオの4色しか見えなかったのだろうか。(相撲の土俵の上の四方の房も青、赤、白、黒となっている)

 あるいは、中国や日本では数字を4桁ずつ区切って、万、億、兆、京、などと読む。これも「4進法」の影響だろうか。それでは何故西洋では数字を3桁ずつ区切るのだろう。さあて、ここまでくると、私にもよくわからない。

(参考サイト)
http://www.netlaputa.ne.jp/~tokyo3/iro.html


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