橋本裕の日記
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2004年11月08日(月) 保守化する人々

 全世界の注目を集めて行われた11月2日のアメリカ大統領選挙は、ケリー候補がはやばやと敗北を認め、ブッシュの勝利が確定した。しかし当日の開票前の出口調査ではケリーが有利だとされていただけに、今回の選挙でも共和党による広範囲な不正が行われたのではないかという疑惑がもたれている。

 たとえば、選挙の勝敗を分けたオハイオ州のある選挙区では、有権者約4000人なのにブッシュに6200票も入っているという投票機の間違いがあった。こうした間違いが3日後まで気づかれなかったという。

 今回の選挙では、全米の有権者の3分の1がコンピューターの投票機で投票したが、投票機メーカーの最大手であるディーボルド社の投票機はプログラムに欠陥があり、コンピューター内部の数字を書き換えることで不正が簡単にできてしまうのだという。オハイオの各選挙区で同じ様な数字書き換えがなかったかどうか。

 こうした不正を検証しようにも、オハイオはじめ多くの州の投票機には印字機能がついておらず、もはやどうしようもない。ニューヨークタイムスなど、アメリカのいくつかのマスコミがこの欠陥を報じ、民主党は各州で印字機能をつけさせようとしたが、実行されないまま投票日を迎えた。

 また出口調査についても、これを妨害する動きがあった。たとえば問題のオハイオ州では、選挙前に共和党の州政府がマスコミに対し、投票所の近くで出口調査をすることを禁じる指令を出し、マスコミが裁判所に訴えてようやく指令を解除させたのだという。

 こうした疑惑から、ケリーは共和党の不正な選挙操作によって破れたという論調がある。しかし、たとえこうした不正があったにせよ、それを跳ね返すことができなかったケリー陣営のパワー不足は否定できない。やはりケリーは破れるべくして破れたというべきだろう。

 ケリーの敗北の背景に、9.11事件後のアメリカ社会の「保守化」があった。そこで、こうした保守化はどういうメカニズムでもたらされるものか考えてみたい。これについて、以前の日記に書いたことがあるので、一部を引用しよう。

<保守主義は「民衆は自立心がなく、愚かで利己的で、争いを好む」というところから出発する。そしてここから、「社会に平和と秩序をもたらすためには、強力な法と、その法に基づく権力の支配が欠かせない」という結論を導き出す。ここから出てくるのは法や秩序の強化であり、自国の文化や伝統を尊重する政策である。

 これに対して、「リベラル」は「民衆はほんらい良識をそなえている。現状が悪いのは、社会のシステムが間違っているからだ」と考える。したがって、「社会に平和と秩序をもたらすには、社会のシステムを民主的で合理的なものに変えていかなければならない」という未来志向の社会変革的な立場から政策をつくる。(略)

 保守的な傾向を持つのは、現在の体制を肯定している人々であり、リベラルは現在の体制に批判的な人が多い。富裕階級や低所得層の人々が保守で、中産階級の人々はどちらかといえばリベラルが多いようだ。低所得のブルーカラーに保守が多いのは、彼らが現実の悲惨をシステムの問題だと受け止めることをしないからだ。

 したがってアメリカや日本のように社会の二極化が進む地域では、保守主義が台頭しつつあり、今後ますます社会が右傾化することが予想される。こうしたなかで私たちに必要なのは、社会の悪を「人間の悪」としてではなく、「社会システムの悪」としてとらえる社会認識力の養成だ>

 今回の選挙では、イラク戦争に慎重な姿勢を示し、国際協調主義を掲げたケリーに対し、ブッシュは「テロリズムからアメリカを守るためには、ならずもの国家であったイラクを戦争で破り、力ずくで民主化することが必要だった」と訴えた。そしてこの主張が、保守化した多くの市民達によって疑問もなく受け入れられた。

 そしてケリー候補自身も、この主張をある程度受け入れている。イラクを民主化すること自体には反対をしていないからだ。ただその方法が間違っていたというだけである。多くのアメリカ市民はこうした観点からイラク問題を考えている。アメリカに同調している小泉首相も、日本の国民もこうした主張に大きく傾いている。

 しかし、実際のところ、ブッシュのいう民主化は欺瞞でしかない。アメリカはサウジアラビアやクエートが王制をとっていても、これを民主化するとは言わない。それは彼等がアメリカに従順なためである。フセイン大統領もアメリカに従順であれば安泰だっただろう。

 アメリカは自分に楯突く権力者は、これを「独裁者」だと弾劾し、そしてその独裁者を倒し、その国を「民主化」するためと称して戦争をしかける。だから、「民主化」などというのは、ただ戦争をするための口実でしかないわけだ。そもそもこんなお粗末な大統領選挙を繰り返しているアメリカが、民主主義を振りかざすことが滑稽ではないだろうか。

 半世紀ほど前の米国で、ある新聞が一つの興味深い実験をした。次のような文章を記した請願書を持ち、100人以上の市民にこれに同調するように署名を頼んだのだという。

「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる」

 署名に応じたのは1人だけで、他の人たちは「反政府的すぎる」として署名を拒んだ。その文章が米国の独立宣言の有名な文章だということに、市民たちは気づかなかったのだという。日本国憲法の前文を使って、同じ実験を日本でしてみてはどうだろうか。

(参考サイト)
http://www.asahi.com/paper/column20041104.html
http://tanakanews.com/


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