橋本裕の日記
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| 2004年11月03日(水) |
漱石流「個人主義」入門 |
私は生きていく上に大切なものは、「自信」ではないかと思っている。それでは、この自信はどうしたら得られるのだろう。夏目漱石はそれには「自分の進むべき道」を発見することが必要だという。そしてその為に大切ななのは、「自己本位」であるという。彼の「私の個人主義」(大正三年(1914年)の学習院での講演)から引用してみよう。
<私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります>
<その時私の不安は全く消えました。私は軽快な心をもって陰欝な倫敦を眺めたのです。比喩で申すと、私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。なお繰り返していうと、今まで霧の中に閉じ込まれたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進んで行くべき道を教えられた事になるのです> <ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事ができるのでしょう。容易に打ち壊されない自信が、その叫び声とともにむくむく首を擡げて来るのではありませんか>
漱石のいう「自己本位」というのは、たんに自分本位なエゴイズムではない。「唯我独尊」ということではなしに、自己が他者との関わりの中で、自己の社会的使命を自覚することである。社会の中で、自分の個性を自覚し、その個性を発展させるために「おのれの進むべき道」を発見することである。そこには当然、他者の個性に対する尊重がなければならない。
<それで私は常からこう考えています。第一にあなたがたは自分の個性が発展できるような場所に尻を落ちつけべく、自分とぴたりと合った仕事を発見するまで邁進しなければ一生の不幸であると。しかし自分がそれだけの個性を尊重し得るように、社会から許されるならば、他人に対してもその個性を認めて、彼らの傾向を尊重するのが理の当然になって来るでしょう。それが必要でかつ正しい事としか私には見えません。自分は天性右を向いているから、あいつが左を向いているのは怪しからんというのは不都合じゃないかと思うのです>
したがって、漱石のいう「個人」はほんらい社会的なものであって、「個人」は「国家」や「世界」とも両立するものである。むしろ自由な個人があって、自由な国家があり、自由な世界があるわけだ。しかし、多くの人はこのことを誤解している。
<ある人は今の日本はどうしても国家主義でなければ立ち行かないように言いふらし、またそう考えています。しかも個人主義なるものを蹂躙しなければ、国家が亡びるようなことを唱道するものも少なくはありません。けれどもそんな馬鹿げたはずは決してありようがないのです。事実私どもは国家主義でもあり、世界主義でもあり、同時にまた個人主義でもあるのであります>
漱石の頭の中では、「個人」は「国家」とほとんど対等である。漱石は「個人」の上に「国家」をおくことに反対している。それは、「国家的道徳というものは、個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える」からだという。
<元来国と国とは辞令はいくらやかましくても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテンにかける、滅茶苦茶なものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、それがたいへん高くなってくるのですから、考えなければなりません。だから国家の平穏な時には、徳義心の高い個人主義に、やはり重きを置くほうが、私には当然のように思われます>
ここまで読んできて分かるのは、漱石の個人主義の根底にあるものが「倫理」だということだ。漱石の頭の中には、「自分本位」であるための前提として「倫理的」ということがあった。人が自分本位に生きるためには、倫理的でなければならない。
つまり、漱石の言う「自分本位」は、「他者のなかで他者を生かしながら自己を生かすこと」だということがわかる。私たちはこうした道を発見したとき、自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたことに気付き、心の底から、「ああここにおれの進むべき道があった」と喜びを感じることだろう。
さらに、もう少し付け加えよう。私は「自信」とは「他信」ではないかと思っている。他人を信頼し、世界を信頼することができる人だけが自分を信じることができる。そして、また、自分を信じることができる人たけが、他者を信じることができる。世界と他者への信頼感を培うことでしか、本物の自信は築き得ないし、幸福もまた実現し得ない。
(参考サイト) http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/772.html
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