橋本裕の日記
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友人のセルジオ越前さんが、早坂暁さんの講演を聞いた感想を掲示板に投稿してくださった。講演のテーマは『お遍路さん』だという。セルジオさんの文章を引用しよう。
<早坂さんによると「日本の世相は1000年の昔から、四国の八十八か所を巡るお遍路さんの姿にすべてが凝縮されている」そうで、日本人の心の状態は四国の遍路道を見ればたちどころにわかる、という興味深い話だった。
早坂さんの実家は愛媛県の商家で、お遍路の通り道にあり、少年時代から日常的にお遍路さんと接してきた。早坂さんが調べたところ、応仁の乱、関ヶ原、明治維新など、いかなる動乱期にあっても、日本中から集まるお遍路さんの巡礼は1000年間、まったく途絶えることがなかったそうだ。唯一、第二次大戦中だけ、徴兵拒否者が紛れ込んで逃亡させないため、当局によって強制的に中断させられた。
1929年生まれの早坂さんは、旧制松山中学校、海軍兵学校、旧制松山高校とエリートコースを進みながらも、次第にぐれてしまい、背中に入れ墨を入れ、娼婦と駆け落ちしたりもした。東京に移り住んで、さまざまな職業を経てから、作家となったが、故郷に帰るたび、お遍路さんを見つめ続けてきた。後年には自分でも何度も巡礼に加わった。そして、平成に入ってから、早坂さんは大きな「異変」を発見した。
それまでのお遍路さんは、肉親の弔い、難病の克服、夫婦の愛憎問題(時には日本独特の病理である「母子相姦」)が千年にわたる巡礼のほとんどの理由だったのが、まず、定年前の50代や40代の男性が現れるようになり、次に、どんどん若返り、大学生や高校生の若者がお遍路に次々やってくるようになった。それも数百人という単位ではなく、常に数千人の若者たちが四国を巡礼をしているというのだ。
彼らには共通したテーマがあり、それはこれまでのお遍路さんたちの理由とは異なっていた。それは「自分は何者かを知りたい」「自分の人生は何なのかを考えたい」という想いを胸に抱いて歩いている、こんな「哲学的なお遍路さん」が登場した現象は1000年間ではじめて、と早坂さんは言う。これは「好ましい現象」であるとも言う。
一例として、不登校の中学生が一人で巡礼したところ、1000年にわたりお遍路さんへの「接待道」を極めた四国の人々によって、たちどころに彼は明るく積極的な生徒に変身してしまったそうだ。早坂さんによると、そこには「無財の七施(むざいのななせ)」という教えがあって、「目の前に現れた人がどんな人であれ、やさしくあたたかい笑顔で接してあげる」行為を、四国の遍路道の人々は自然に身につけてしまっているのだそうだ>
早坂暁さんの講演の内容がよくわかる。さらに、私はセルジオさんの次の文章に特に共感を持った。
<イラクで人質になった香田さんが「自分さがし」の旅をしていたとの報道をきき、このお遍路さんの話が急にリアリティ持って迫ってきた。こんな時期にイラクに行ったバカは放っておけ、という意見も聞くが、最近の日本人はやっぱり冷たすぎると思う。「面倒なことをしやがって」という感覚は、「カネがすべて」「時間が惜しい」という感覚とつながっていて、「無財の七施」などの人間本来の感覚とは対極にあり、「困っている人類を救う」といった基本的な本能が退化(または磨耗)している証拠だと思う。「迷える小羊、香田君を助けよう」「香田君が帰ってきたら温かく迎えてあげよう」というのが、日本のサイレントマジョリティの声であって欲しいと願っています。>
香田さんは不幸にしてなくなってしまったが、これだけ理解と愛情のある文章を私は始めて目にして、ほんとうに嬉しくなった。若者の行動を無思慮だとか愚かだとか批判するだけではなく、こうした人間理解の本質に根ざしたあたたかさがほしい。
ところで、「自分さがし」「お遍路」といえば、私はすぐに大学時代にであった「旅の重さ」という映画を思い出す。私の「映画100選」の中から引用しよう。
<主人公の十六歳の高校生の少女(高橋洋子)は、ある日、自由と自立を求めて、家出同然に旅に出る。母(岸田今日子)には愛人の男がいて、そんな母に彼女は複雑な思いを抱いている。母のもとを離れ、自分を見つめ直したいというのが、家を出た一つの動機らしい。しかし、少女は母を愛しており、旅先から手紙を書く。この手紙のナレーションで物語が進行する。
それは四国の札所を巡るお遍路の旅のようであり、またヒッチハイクの気ままな一人旅のようでもある。旅の途中、少女は映画館で隣に座った男から痴漢行為を受けたり、旅芸人の一座に加わって、その座長(三国連太郎)に惹かれたり、女優の一人とレスビアンを体験したりもする。そうしたなかで、少女の心は揺れ動き、しだいに成長していく。
しかし、一人旅の厳しさや淋しさが、やがてしだいに重く彼女にのしかかる。初めは自分を解放してくれた野や山も、いつかただの自然になる。そして彼女はある小さな港町で、ついに病に倒れる。
行き倒れた彼女を家に上げて介抱してくれたのが、高橋悦史が演じる行商人の男である。少女はこの男の親切を重荷に感じて、一度はそこを飛び出すが、再び男の貧乏長屋に帰ってくる。そして無口で飾り気のない野生の匂いのするこの男にしだいに惹かれていく。
少女役を演じた高橋洋子はこの作品で新人としてデビューした。初々しい笑顔が印象的である。裸で滝壺に入っていくシーン、全裸で砂浜にうずくまるシーン、いずれにもみずみずしい青春の香りがある。彼女が体当たりでこの少女役を演じているのが分かり、すがすがしさを覚える。
脇役がまたいい。旅芸人一座の座長の三国連太郎。唄あり踊りあり、芝居ありで見ていて楽しい。母親役の岸田今日子もいいし、行商の海の男を演じる高橋悦史の寡黙な男らしさもいい。そして、自殺する文学少女の秋吉久美子の可憐さもよかった。
四国の自然が美しい。田舎の老婆のやさしい微笑、場末の映画館、小さな港町の市場、石垣の道と黒光りする民家の屋根瓦、遠くから聞こえてくる保育園児の歌、遍路の鳴らす鉦の音。草花の咲き乱れる野の道にあふれる明るい日差し。波が打ちよせる砂浜。情感にあふれた映像が印象的である。
それにくわえて、よしだたくろうの作詞作曲になる主題歌「今日までそして明日から」がやさしくこころにしみる。
この映画が作られた1972年という年は、私にとって特別の年である。そのころ私は学生運動と学問に挫折し、大学で留年を繰り返していた。ともに活動した組織の友人たちからも見放されて、私は生きる意欲を失い、新聞配達の労働でようやく自分自身の生活を支えていた。そうしたなかで、この映画に出会ったのである。
この映画を見て、私は心がいやされるような気がした。学生運動や、留年に伴う父との不和、人間関係のいざこざ全般に疲れていた私にとって、主人公の少女の孤独感や淋しさはよそ事とは思えなかった。そしてときには道にうずくまり、大声で泣きながら、しかも精一杯生きている彼女の姿に、思わず心が熱くなっていた。
同じ頃、私は「万葉集」に出会っている。そして同じく心が温められた。そう言えばこの映画はどこか万葉集に通じる心の厚みや豊かさを感じさせる。
この映画は私の心に人間や自然に対するゆたかな信頼、人生に対する熱い思いを蘇らせてくれた。同じく競争社会のなかで命をすりへらし、あくせくと生きることに疲れた現代人の心にも、人生へのしみじみとしたゆたかな思いや意欲を蘇らせてくれるにちがいない。>
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