橋本裕の日記
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2004年11月01日(月) 八木重吉の詩

 学校の図書館に行ったら、読書週間の展示として、図書委員たちがB紙にイラスト入りで、それぞれお気に入りの詩を張り出していた。そのなかの一つに、大好きな八木重吉の詩を見つけて、うれしくなった。

 素朴な琴

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう

 八木重吉は明治31年(1898)、神奈川県町田市相原町に生まれた。東京高師英語科を卒業後、兵庫県や千葉県で英語教師をした。内村鑑三の著作に感化されキリスト教徒になり、病弱と貧乏と戦いながら、詩を書いた。

 昭和元年、肺結核で入院し、昭和2年10月26日、29歳で死去している。あとに妻と二人の子ども(陽二、桃子)が残されたが、やがて重吉が愛した二人の遺児たちも肺結核で相次いで亡くなった。生涯に2000あまりの詩をかいたが、生前に出版された詩集は「秋の瞳」だけで、ほとんど無名のまま、生涯を閉じている。

 登美子夫人はその後、歌人吉野秀雄氏と再婚した。そして、八木重吉が死んで20年目の命日に、夫婦で遺作の詩を世に出した。重吉の詩は、3行の程度の短詩が多く、むしろ非定型短歌といった趣である。寡黙であり、素朴だが、純度がたかい。そうした重吉の詩をいくつか紹介しよう。

 ある日

こころ
うつくしき日は
やぶれたるを
やぶれたりとなせど かなしからず
妻を よび
児(こ)をよびて
かたりたわむる

 虫

虫が鳴いてる
いま ないておかなければ
もう駄目(だめ)だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙がさそわれる

  木

はっきりと
もう秋だなとおもうころは
色色なものが好きになってくる
あかるい日なぞ
大きな木のそばへ行っていたいきがする

 冬の夜

皆(みんな)が遊ぶような気持でつきあえたら
そいつが一番たのしかろうとおもえたのが気にいって
火鉢の灰を均(な)らしてみた

(参考サイト)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000013/files/542.html
http://www.zusi.net/touzai/yagizyuukiti/yagi.htm


橋本裕 |MAILHomePage

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