橋本裕の日記
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今年は台風や地震の当たり年である。その上に、熊が各地で出没している。なんでも食料の団栗が少ないので、餌を求めて人里まで降りてくるのだとか。もうすぐ紅葉の季節になるが、山に出かけるのが少し怖い。
怖いと言えば、マムシもそうだ。以前、山道をいい気分で歩いていたところ、「ヘビ!」という妻の声に凍り付いたことがあった。見ると、道の真ん中にマムシがいた。もし一人で歩いていたら、マムシを踏んでいたかもしれない。
マムシで思い出したことがある。妻が学校帰りらしい二人の小学生が道端で喧嘩をしているところに通りかかったことがある。罵りあいから、いまにも掴みかからんばかりの様子に、妻が「やめなさい」と声をかけようかと思ったとき、近所の老人が二人にさりげなく、「ヘビが出るぞ」と声をかけたのだという。
二人の子どもは青ざめ、辺りを見回した。それから、こわごわ肩を寄せ合って、その場を去った。先ほどまで罵りあっていたのが嘘のような光景だったという。この話を聞きながら、その老人の機転に感心したものだ。
こうした機転の利く人は少ないのではないかと思う。私も新幹線で家族旅行をしたとき、下らないことを大声で話している娘たちを「うるさい、静かにしろ」」と叱りつけ、それでも話しやまない娘に腹を立てて、頭をゴツンとやったことがある。これで楽しい家族旅行の雰囲気は最悪になった。
これなど、まったく芸のない話である。こうした場合、「旅行、たのしかった?」とか何とか私から話しかければいいのである。そして興奮している娘達を落ち着かせればすむことだった。私も若い父親だったから、それだけの知恵がまわらなかった。
若い母親や父親もゆとりがないと、「ダメ」を連発しがちになる。しかし「静かにしなさい」と言っても、子どもはなかなか言うことを利かない。公衆の面前でヒステリックに叱り続ける若い母親を見ていると気の毒になる。と同時に、もうすこし知恵を使えばいいのにと思ったりする。
子ども扱いの上手な母親は、「ダメ」とはいわずに、「○○ちゃん、何々しよう」と子どもの好きなことに積極的に誘導するだろう。そうすると、子どもは別のことに熱中し始める。一段落つたところで、「人前であまり騒々しくしてはいけないのよ」と注意すれば、子どもの心にいくらか届くだろう。
子どもに限らず、人に注意したりアドバイスするのはなかなかむつかしい。こちらは友情のつもりで相手の欠点や改善すべき点をいろいろと忠告しても、忠告された相手は不快に思うのがふつうだ。下手をすると逆恨みされたり、反抗されたりすることもある。それも当然で、注意する方は、どうしても相手より優位に立つからだ。たとえ自分に非があっても、そのことを露骨に指摘され、人から見下されるのはいやなことだ。
だから、人にアドバイスをするのも考えものである。そのやりかたによってはかえって逆効果になる。勉強を無理強いする教師や母親は、たいてい子どもを勉強嫌いにするものだ。だから、知恵のある教師や母親はもう少し洗練された方法に訴えるだろう。
洗練された方法とは、相手の弱点を攻撃するのではなく、その長所を指摘する方法である。落ち着きのない子どもに、「静かにしなさい」と注意するのではなく、「とても活動的ね」と、その長所を認めてやり、「あとで、鬼ごっこしようか」と子どもを誘導する。相手を否定するのではなく、活路へと導くわけだ。
子どもを教育する方法は、自らがそのよき模範となることだろう。子どもは親や教師の背中を見て育つわけで、周囲の大人達の生き方が、実は一番力のある教材なのだ。知恵のある人は、相手にアドバイスと気付かせない方法で、自然と相手にアドバイスをする。そしてそうしたアドバイスが、結局ほんとうにその人の心を動かすことになる。
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