橋本裕の日記
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2004年10月05日(火) 政界の狙撃手

 野中広務の目はたいへんするどい。相手のウイークポンとを見破り、正確にねらいを付けて、効果的な攻撃をしかけている。そうした動物的な勘の良さと、行動力を持っている。彼に睨まれたら、もうどうすることもできない。

 彼はこの能力を大いに利用した。そしてその標的は、いつも大物である。たとえばNHKのドンだったシマゲジ(島圭次会長)も、野中から国会の委員会での「虚偽発言」を追求され、追いつめられたあげくに辞任している。

 1991年(平成3年)4月18日、米フロリダ州で打ち上げられたロケットが軌道を離れ、放送衛星の打ち上げに失敗した。シマゲジは自民党の族議員や郵政省の国産衛星をという声を握りつぶして、費用の安い外国産の衛星を採用しており、しかもこれが二度目の失敗だった。

 当然、国会でシマゲジ追求の火の手があがった。逓信委員会委員長としてその先頭に立ったのが野中広務だった。野中はこのとき、「シマゲジが衛星打ち上げの時どこにいたのか」を問題にした。

 逓信委員会でシマゲジは「GE(ゼネラル・エレトリック社)で打ち上げのモニターを監視していた」と答弁していた。最初の予定はそうだったが、じつはシマゲジはロサンゼルスのホテルに、ある女性と一緒にいた。しかもこの情報を野中はいちはやく掴んでいた。情報の出所はNHKだという。当時の郵政省の担当者の証言を、魚住昭さんの「野中広務、差別と権力」から孫引きしよう。

「野中さんの指示でNHKに事実確認を求めたが、郵政省が調べるまでもなく、野中さんはすでにNHK内部からの情報で(島の所在に関する)事実をつかんでいたのではないかという印象を受けた。野中さんのその後の動きを見ても、目のつけどころが鋭いし、行動が素早く、読みが深い。いろいろな政治家を見てきたが、突出してすごい人だなと思った」

 当時シマゲジはNHKのドンとして、そこらの代議士や官僚を上回る権力を持っていた。「シマゲジはチンピラを相手にしない」という噂通り、役人や政治家を馬鹿にし、決して頭を下げようとしない。予算を通すにしても、「郵政省の小役人なんかにいくら説明しても無駄だ」と言い放ち、族議員のもとへも局長を寄越すだけだった。この傲慢さに、だれもが腹が立っていた。

 だれがシマゲジの首をとるか。しかし、相手は国民の世論形成に圧倒的な影響を持つNHKのドンである。第4の権力のトップにある実力者を批判することは有力な政治家でもなかなかできることではない。ところが7月2日の朝日新聞朝刊が社会面トップで、「NHK島会長、国会答弁に疑問」という特ダネ記事を掲載した。

<今年四月の放送衛星「BS3H」の打ち上げ失敗に絡み。「GE(ゼネラル・エレトリック社)で打ち上げのモニターを監視していた」と衆議院逓信委員会で答弁した島圭次NHK会長が、実は当時ロサンジェルスに滞在していたとの疑いが一日、浮上した。この間の経緯についいて、島会長側は明らかにしていないが、同委員会側は、「国会軽視」と問題視しており、すでに一部の委員が調査を始めた>

 他紙も一斉に夕刊でこの記事を後追いした。数日後、「東京スポーツ」が「NHK島会長、愛人と海外出張」と書いた。これを契機に、「週刊新潮」「週刊文春」「週刊朝日」などの週刊誌各紙が「愛人疑惑」を書き立て始めた。

 島は記者会見し、「勘違いだった」と言い逃れをしたが、これに対して、野中は「NHKに役所も国会も立ち入れないということであれば、NHKについて定めた放送法の再検討も含めて考えざるを得ない」と語っている。NHKを政府の管理下に置くぞという強力な恫喝である。

 シマゲジはこうして追いつめられた。7月15日、島は緊急役員会を開いて会長職を辞任することを表明した。そしてその日の午後5時からNHKで記者会見に臨み、「このような事態を招いたことは、公共放送の重大な危機であり、責任者として誠に申し訳なく、辞任を決意した次第です」と語った。

 野中は「シマゲジの首を取った男」として脚光を浴び、郵政省やNHKに影響を持つ族議員としての地位を確立した。魚住昭さんはこう書いている。

<野中が島を辞任に追い込むことができたのは、ひとえにNHKの内部情報や郵政省の情報をリアルタイムで入手できたからだろう。豊富な情報をもとに相手に弱点を見極め、マスコミや世論の動向を敏感にかぎ分けながらズバリと切り込んでいく。後に「政界の狙撃手」と恐れ野中の政治スタイルはこのとき完成されたと言っていい>

 野中はマスコミを味方につけて、記者から情報をとるのが天才的にうまかったという。そして郵政省に多大な影響力を持つようになる。翌年、宮沢内閣で郵政大臣になった小泉純一郎が「郵政貯金制度の見直し」を主張したとき、郵政省の官僚たちの肩を持ち、野中はこれに反対した。小泉は出鼻を挫かれた。

 逓信委員会で小泉大臣は「ご迷惑をおかけしたことはまことに申し訳なく、おわびする」と陳謝したが、後に総裁選に立候補した小泉は野中を「抵抗勢力のボス」と決めつけ、野中を叩くことで支持率をあげて行った。「政界の狙撃手」も、世論に後押しされて飛ぶ鳥の勢いを持った小泉を狙い落とすことはできなかった。反対にねらい打ちにされてしまった。


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