橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2004年10月03日(日) 奴隷根性を批判

 3年前の私の日記を再読した。平山さんの「福沢諭吉の真実」を読んで、かっての自分がどんな文章を書いていたのか、内容を検証してみようと思った。

−−−−「福沢諭吉と独立自尊」2001年5月6日日記−−−

 今年は福沢諭吉没後100年にあたる。諭吉の根本的考え方は「独立自尊」ということだ。これは個人に対してだけではなく、国家にも言えよう。そこで個人が先か国家が先かということだが、諭吉は「一身独立して国家独立する」(学問のすゝめ)という立場である。

 国家を契約的なものと見ていた諭吉は、明治8年の天皇についての「覚書」の中で、「君主はあたかも珍奇な頭」だと述べて、「天子など幾人あっても構わない。文明のためなら、君主でも共和でもよい」と書いている。

 ところが明治15年の「帝室論」で立場を変えた。「一国の帝王は一家の父母のようなものだ」と主張し始める。「帝室は人心収攬の中心となって、国民政治の束縛を緩和し、海陸軍人の精神をコントロールして、その方向を知らしめ、・・・その功徳のきわめて大きくきわめて重いことは数えあげることができないほどである」と書く。

 諭吉の考え方は劇的に変化した。この7年間に、西南の役、大久保利通の暗殺、参謀本部の天皇直属(統帥権の確立)、国会開設の上願書提出、1890年の国会開設の勅諭などがあった。そして、明治15年に朝鮮で兵士たちによる反日・反政府反乱「壬午軍乱」が起こっている。朝鮮半島を巡り、中国との主導権争いが熾烈になりつつあった。

 三度の洋行を経験した諭吉は、グローバルな視点から、西欧列強のアジア侵略の構図を見抜いていた。これに対抗するために、「富国強兵」を押し進め、強力な軍事国家を建設する必要を感じていた。さらにこうしたアジア情勢の緊迫が諭吉に国家戦略面での転向を促し、国家を統合する精神的支柱としての皇室を考えさせたのだろう。

 国家が亡びて個人の独立はありえない。諭吉は悲惨な奴隷状態を、列強の植民地になったアジアに見ていた。これらの人々のふがいなさに苛立ち、「韓国、国にして国にあらず」「皆殺しするに造作なきこと」など、過激なまでのアジア蔑視の姿勢を見せるようになった。(このことは安川寿之輔さんが、以前に朝日新聞に「福沢諭吉 アジア蔑視広めた思想家」という題で書いている)

 しかし、彼が根っからの国家主義者であったと考えるのはどうだろう。最晩年の「福翁自伝」の中で、「一国の独立は国民の独立心から湧いて出ることだ。国中をあげての奴隷根性ではとても国がもたない」と述べているし、明治30年の最後の演説の中でも、「議論をやかましくして、一度や二度では承伏しないようにこねくりまわして、そうして進歩の先人となって世の中をデングリ返す工夫をすることが、私の死ぬまでの道楽だ」と言っている。

 彼のアジア蔑視も、権力にへつらう奴隷根性にたいする嫌悪感がなさせたものであろう。しかし、彼の言動が狂気の侵略へと傾いていた日本軍国主義を後押しすることになったことは事実だ。列強の植民地支配という困難な状況の中であっても、先覚的な言論人の諭吉には、あくまで個人の独立と自由、尊厳を一貫して主張する英知の人であって欲しかった。

−−−−−−引用終わり−−−−−−−−

 これを読むと、福沢諭吉は「一身独立して国家独立する」(学問のすゝめ)という立場だとしながらも、「アジア情勢の緊迫が諭吉に国家戦略面での転向を促し、国家を統合する精神的支柱としての皇室を考えさせた」などと筆がぶれている。そして、「アジアを蔑視した福沢諭吉」という安川寿之輔さんの解釈を受け入れている。

 明治15年の「帝室論」で福沢が国家主義者に立場を変えたというのは、平山洋さんの研究によれば、「帝室論」は福沢諭吉の真筆とはいえないわけだから、これはあきらかに私の思い過ごしだった。

「彼のアジア蔑視も、権力にへつらう奴隷根性にたいする嫌悪感がなさせたものであろう」と書いているが、「蔑視」という言葉を「批判」という言葉に置き換えたい。福沢諭吉は奴隷根性を批判したのであって、蔑視したのではないからだ。

 3年前に安川寿之輔さんの説を鵜呑みにして福沢諭吉像を修正したが、平山さんの「福沢諭吉の真実」を読んで再びこれを修正できたことはとてもうれしい。先覚的な言論人の諭吉は、その後半生においても個人の独立と自由、尊厳を一貫して主張する英知の人であったといえるのだろう。

(追伸)
 ドラゴンズが優勝しました。星野ドラゴンズはあまり好きではなかったのですが、落合ドラゴンズは好きです。選手を大切にしているという印象をうけるからです。お金に物をいわせ、トレードでホームランバッターばかりそろえた巨人軍とは対照的なチームです。こうしたチームを応援したい。

 それから、イチローがやりましたね。80数年間も破られなかったという、歴史に残る年間最多安打大リーグ記録の達成、おめでとうございます。この数日は、イチローのことが気になっていましたが、これで落ち着きました。すごい奴です、イチロー大好きですが、野茂や松井秀も大好きです。彼らに心・技・体の充実を感じます。

 私も体力の充実を目差して、バットの素振りを朝晩することにしました。実際はバットがないので、別のもので代用していますが、これを見ていた妻に、「何だかテニスの素振りのよう」と言われてしまいました。イチローになった気分で素振りをしているのですが、どうもフォームがなっていないようです。

 みなさまもお体を大切にしてください。無理ができるのは50歳までです。50歳を過ぎたら「腹八分目」がいいようですね。これからは細く長くをモットーに、心・技・体の充実をはかりたいと思っています。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加