橋本裕の日記
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2004年10月02日(土) 福沢諭吉はアジア蔑視者か?

「福沢諭吉の真実」の著者の平山洋さんが、学校に貴重な資料を送ってくださった。早速、これを読んでみた。なかでも興味をひいたのは、「福沢諭吉のアジア認識」の著者である安川寿之輔さんとの往復書簡だ。

「福沢諭吉はアジア蔑視者か?」と題された往復書簡集には、安川さんの6編の手紙と、平山さんの4編の手紙が収められている。安川さんが「福沢諭吉はアジア蔑視を広めた思想家」であると主張し、その証拠を福沢全集から引用すると、平山さんは、「福沢全集の信憑性に疑いのあることを指摘する。

 ここに収められた両者の手紙のやりとりは、2001年4月21にはじまり、6月26日の平山さんの「なぜ安川寿之輔はかくも石河幹明を愛するのか?」で終わっている。今日はその最後の手紙から、一部を引用させて貰おう。

<井田進也氏の研究成果についてのお考えはよくわかりました。つまり、「社説の起筆が本人であろうと弟子であろうと存命中に時事新報に載った社説はすべて福沢の思想の枠組みにある」ということですね。ということは、安川さんの立場でも、少なくとも「漫言」はすべて省かなければならなくなります。漫言を校閲したとはどこにも書いてありませんから。

 その上で第一点について、重大な疑義があります。それは、福沢に掲載の最終決定権があったとすると、安川さん自身も指摘している「論説相互にみられる内容上の矛盾」がなぜあるのかを説明することができない、ということです。

 ごくまれに「支那人親しむ可し」(1898.3.22,安川引用379番)のようなまともな論説があり、(考証は省きますが真筆です)、それ以外は蔑視表現の海だとするならば、それこそ福沢自身と「時事新報」記者たる弟子たちが別ものである証左ではないでしょうか。

 福沢と弟子たちが一体であるならそんな矛盾は生じないはずです。合理的に解釈するなら、ともすれば対アジア進出とそこへの蔑視に走りがちな弟子たちを、彼らとは明確に立場の異なる福沢が「貿易のために中国人を蔑視してはいけない」と諫めていることになりましょう。前便での主張を繰り返しますが、安川さんも認められたように、井田氏の方法によって福沢と彼以外を文体と語彙によって識別することができるのです>

<安川さんの著作については引用そのものの恣意性を指摘しないわけにはいきません。「学問のすすめ」の冒頭が引用であることを示すことが著書の売りとなっているのなら、安川引用18番「パワ・イズ・ライト権力は正理の水源なり」(19巻546頁)だけを引くのではなく、その後の「と云ふ諺あり」まで記載すべきでした。

 また、無署名なのでどのみち使えない資料ですが、文中で中国人の卑屈を伝聞「と云ふ」と断っているのにそれを論者の主張とすりかえたり(引用126番・第9巻555頁)、「中国兵を皆殺しにすべきではない」という内容の漫言のうち「ではない」の部分を省略したり(引用244番・第14巻504頁)と、私も全集の当該部分をしらべてしばし唖然としてしまいました。原典にあたればすぐに分かってしまうことをなぜなさったのですか>

<5月21日の慶応日吉での抗議の資料の中で、安川さんは私の「福沢諭吉 アジアを蔑視していたか」(朝日新聞・5月12日付)をさして、「皆さんのために、お粗末な彼の批判がどう誤っているか具体的に書いておいた」と述べています。

 私は何でもかんでも「軽蔑された」とは考えない人間ですから、そうした発言も「真摯な批判」として受け入れました。そこで、「全集」21巻本のうち無署名論説は福沢のものとは確定できないこと、石河幹明の述懐には怪しいところが多いことを示して、安川さんが「福沢のアジア蔑視」の実例として用いている資料のほとんどが福沢の発言とは確認できないことを明らかにしたのです。「引用の中身」ではなく、「引用そのもの」が福沢の論ではないということです。

 安川さんはこの私の批判を受け入れるか、そうでなければ別の証拠を用いて反論する以外はないと思います。批判を受け入れてくださるなら、「福沢諭吉のアジア認識」というタイトルを変えるか、または福沢の署名論説だけを考察の対象にした改訂版を公にしたください>

 平山さんと安川さんが書簡のやりとりをはじめたのは、朝日新聞での論争がきっかけだが、この往復書簡でさらに論点があきらかになって、平山さんの問題作「福沢諭吉の真実」が生み出されて行ったわけだ。その生々しい現場の様子がうかがえる。

 残念なことに、この最後の平山さんの手紙に対する安川さんの反論がない。平山さんは資料に添えられた私への私信で、次のように書いている。

「資料をお送りします。ネット上でどのように引用されても構いません。3年前の論争では、安川さんが逃亡してしまったので、ネットで盛り上げていただければ、彼も論争の場に戻ってくるかも知れませんので、面白くなりそうです」

 私も3年間前の勉強会で安川さんから直接熱のこもった教えを受けたことがあるだけに、ここは是非、平山説に対する安川さんの反論を聞きたいところだ。


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