橋本裕の日記
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2004年09月14日(火) 日本語のゆたかな大地

 日本語は「漢字」「ひらがな」「カタカナ」で表記される。これらの表意文字と表音文字をたくみに組み合わせて、私たちは深遠な思想から、繊細な感情まで自在に表現することができる。

 アルファベットだけの欧米の言語や、漢字だけの中国語に比べて、はるかに読みやすく、理解しやすいのではないだろうか。日本人に失読症が少ないのもうなづける。その上、漢字と「かな」の組み合わせは、美的にもすぐれている。

 日本の思想は神仏習合だといわれる。本来あった神道的なものの上に、仏教や儒教が取りいれられた。これを言語表記の上からみると、「かな」と「漢字」の併用ということになる。一つの文章の中で、こうして異質のものが融合し、統一されている。

 明治維新の前後から、西洋の思想や技術が入ってきた。「漢字・かな・カタカナ」表記は、これにも見事に適応した。私たちが短期間のうちに西洋文明を吸収・消化できたのも、日本語というこの健啖家の言語があったからである。

 もちろん、そこに多くの日本人の努力があったことはいうまでもない。たとえば福沢諭吉は適塾でオランダ語の翻訳を緒方洪庵より学んだ。その方法は、全体の文意を自然な日本語に移し替えることだったという。

 福沢は洪庵のもとで1856年ごろ、オランダの軍事技術書である「ペル築城書」を翻訳しているが、この訳文はまだ自然な日本語というにはほどとおい。しかし、10年後の「幕末英字新聞訳稿」になると、流麗な日本語になっている。諭吉は翻訳という作業を通して、新しい日本語の文体を創っていった。そしてこの偉業をわずか10年で完成させている。

 今日、日本語に翻訳された外国の書物は数を知らない。だれかが日本語こそ、世界最大の「国際語」だと書いていた。その理由は、日本語が読めれば、世界のどんな国の書物でも読めるからだという。日本語には英語やフランス語やドイツ語にはない、こうした「国際性」をもっている。

 私たちは古代の中国語から漢字を取り入れ、これを吸収してあたらしい日本語を誕生させた。しかし、現在の中国語には数多くの日本語が取り入れられているという。「科学」「歴史」「革命」「自由」など、その数は数えきれない。

 早稲田大学の王瑞来さんは「日本語からの外来語の逆輸入が、今日の中国語の基礎を築いたともいえる。これは近代日本語の誇りであろう」と書いている。その上で、「戦後多くの外来語が音訳のカタカナで日本語になだれこみ、難解な言葉も急増している」とカタカナ外来語の氾濫に警鐘をならしている。

 明治時代の知識人は、外来語を安易にカタカナで表記しなかった。そして西洋文明と格闘して、「真理」「自由」「平和」「人権」などの言葉を創り出し、日本語を豊穣ななものに育てていった。こうしたことが出来るのが、漢字と「かな」いう表記をもつ日本語の強みである。

 この美点を活かす努力をしないで、安易に外国語をカタカナで置き換えるのは、怠慢だといわれても仕方がない。私たちは将来の子孫のためにも、日本語という豊かな土壌を荒廃させてはならない。


橋本裕 |MAILHomePage

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