橋本裕の日記
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2004年09月13日(月) 歴史を学ぶということ

 東京都教育委員会は「新しい歴史教科書をつくる会」が執筆した扶桑社の歴史教科書を、来春新設する都立初の中高一貫校の中学校で採択することを決めた。一般公立中としては、昨年開校した愛媛県立中高一貫校3校に続く採択となり、来年夏の一斉選定に影響を及ぼしそうだという。

 8月26日に都庁で開かれた定例会には、清水司委員長と米長邦雄、内館牧子、鳥海巌、国分正明の各委員、さらに横山洋吉都教育長の6人が出席し、8冊の中から6人による無記名投票の結果、同社の教科書に5人が賛成したのだという。

 教育委員会のこのメンバーは、さきに国歌斉唱問題でも、不起立の職員の処分に踏み切るなど、高圧的な姿勢が目立っていた。とくに強硬な発言を繰り返しているのが、棋士の米長邦雄と作家の内館牧子らしい。この二人はとくに石原知事のお気に入りである。

「つくる会」の教科書は、私も以前に一読したことがあるが、自分の子供たちにはこうした教科書をつかって欲しいとは思わなかった。その理由はいくつかあるが、簡単言えば、「真理と平和を希求する人間の育成を期する」とした教育基本法の精神に反しているからである。それは太平洋戦争についての記述を見ればよくわかる。

「日本の戦争目的は、自存自衛とアジアを欧米の支配から解放し、そして、『大東亜共栄圏』を建設することである」

 たしかに当時、このような宣伝文句が声高に叫ばれていた。そして、この宣伝に乗って、多くの人々が戦地へと赴いたのである。しかし、これは本当だろうか。今日、多くの事実が明らかになり、私たちは先の戦争がそんなきれいごとではなかったことを知っている。ところが、「つくる会」の人々は、そんなことはどうでもよいのだという。前書きから引用しよう。

「歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたのかを学ぶことなのである。・・・歴史に善悪を当てはめ、現在の道徳で裁く裁判の場にすることはやめよう」

 私たちが歴史を学ぶのは、単なる過去の事実を学ぶことではない。それは私たちが生活しているこの社会が、どのようにして創られてきたかを検証することである。つまり、私たちの社会認識力を深めて、さらによい社会を将来に向けて築いていくことが大切なわけだ。そうした科学的な視点と方法を持つことで、歴史の真実が見えてくる。そして学習が面白くなるわけだ。

 ただ、過去の人がどう考えたか、それを記述しても歴史とはいえない。そもそも過去の人が、戦争をどう眺めていたか、どうしてわかるのだろう。一つの事件でも、加害者と被害者では感じ方が違う。「つくる会」が教科書を書くのに参考にした過去の人とはどんな人たちなのか。

 侵略され、虐殺された他国の人々が、「日本が戦争をするのは大東亜共栄圏の建設のためだ」と思っていたとでも言うのだろうか。販売戦略を優先させて戦争を美化し続けた大新聞の当時のインチキ記事をいくら引用しても、それは事実でさえもなく、まして歴史とは言えない。


橋本裕 |MAILHomePage

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