橋本裕の日記
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2004年08月22日(日) 法華経が語る宇宙の真実

 私が法華経に出会ったのは20年ほど前のことだった。学生時代にすでに大学の図書館で読んでいたが、どうしても理解できなかった。それでその頃法華経をすすめてくれた友人からの手紙に、「あんなものは下らない」と返事を書いた。

 私は高校時代から親鸞の「歎異抄」に傾倒しており、その関係でいろいろな仏典をのぞいてみたが、たいして感銘をうけたという経験がなかった。生き生きした新約聖書の言葉とくらべると、格段に魅力が乏しいように思われた。法華経もこのたぐいだと思った。

 友人から折り返し、「法華経を誹謗しないほうがよい。君のことが心配だ」と返事がきた。私はこの手紙に腹を立てた。私は地獄や極楽を説く宗教が大嫌いだった。現世利益をとく宗教も軽蔑していた。仏罰などあるわけがないと思った。

 ところが手紙を読んでから、急に体調が悪くなってきた。発熱や発汗、嘔吐があり、食事が喉を通らなくなった。学校を休み、毎日病院で点滴を受けていたが体は衰弱するばかりだった。血液検査をしてもらったが、医者も原因がわからないらしい。

 病院からの帰り、「君のことが心配だ」という友人の言葉が浮かんだ。心が弱っていた私は、「何を馬鹿な」と否定するだけの元気がなかった。そのままふらつく足取りで書店に入り、「法華経」を買った。そして家に帰ると、病床でそれを読み始めた。

 体が衰弱していたのに、頭の方はよく澄んでいた。いままでになく、法華経の文章がすらすらと入ってきた。しかも、その言葉がとてもすばらしく甘美に心に響いてきた。次第に快い興奮に誘い込まれ、重病であることも忘れて、この法典を読みふけった。

 その日の夕方、はじめてお粥が喉を通った。それから夜遅くまで読みふけり、明くる日の昼頃までに読み終えたが、その頃はもうすっかり体調がよくなっていた。病気になる前よりも体が軽く、気分は清々しく、私は身内から力があふれ出るのを感じた。とても病み上がりだとは思えない足取りで、私は勤務先の夜間高校へ出かけた。

 これは今思い返してみても不思議な体験である。天国や地獄、仏罰などは今も信じていない。これは単に、友人の手紙で悪い暗示をかけられたせいだと思っている。「法華経を読む」ことでこの心理的呪縛から解放されたのだろう。

 しかし、これは決して私にとって悪い体験ではなかった。それどころか、法華経に出会えたことは、「歎異抄」や「万葉集」に出会えたこととともに、私の人生にとってとても貴重なことだと思っている。

「われ、かって誓願をたて、一切の衆生をして、われに等しき者となすことを欲せり。この誓願今すでに成就す。われは一切の衆生をして、すでに仏道に入らしめたり。心に大歓喜を生ぜよ」(方便品) 

「衆生劫尽きて、大火に焼かれると見る時も、わがこの土は安穏にして、天人つねに充満す」(寿量品)

 法華経から私が学んだことは、すでに「仏道は成就し、衆生は救われている」ということだった。この世はよくよく見つめてみると実に美しい。まさに奇跡と言うしかない。しかもその奇跡は既に成就している。

 ただ、私たちの目が曇っているために、私たちにはそれが見えない。法華経の「衣裏繋珠」(えりけいじゅ)の譬えを使えば、すでに私たちは宝物を持っているのだが、それに気付かないで、あくせくと偽りの宝物をさがして人生を浪費しているというわけだ。

  バラの木に
  バラの花咲く
  何の不思議なけれど

  有名な北原白秋の詩だが、いわばこうした「いのちの不思議」にしみじみ感動し、感謝する心が法華経にいう悟りではないかと思った。このことを法華経から教えられ、私の人生観は大きく変わった。

 そうすると色々と物事の本質がわかるようになってきた。たとえば、生命や社会現象についていうと、「共生」がその根底にあるという発見もそうである。私は共生とは実現すべき目標ではない。すでに成就している生命現象の本質だと考えている。私はこれを真理だと考えているが、これも法華経との出合いがあればこそ見えてきた真実である。
 
 孟子は「道は近きにあり。人、これを遠くに求む」と言っている。幸福はすでにこれを遠くに求めている間は、決して得られない。それはすでに成就されている。そしてそのことがこの世の奇跡なのだ。この恵みに気付くことが「さとり」ということだ。

 こうした法華経の発想に立てば、平和で幸せな世界を築くための方便もおのずと見えてくる。その具体的な処方箋については「共生論入門」をはじめ、この日記に書いている通りである。 


橋本裕 |MAILHomePage

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