橋本裕の日記
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2004年08月17日(火) 魂の入れ替わる話

 以前の日記で、「雨月物語」の「菊花の約」を紹介した。友との再会の約束を果たすために自殺して、霊魂となって友のもとを訪れた武士の話である。こうした魂が身を離れる話は昔話によくあることである。折口信夫は「原始信仰」の中でこう書いている。

<我々の古代人は、近代に於いて考へられた様に、たましひは、肉體内に常在して居るものだとは思って居なかった様である。少なくとも肉體は、たましひの一時的假りの宿りだと考へて居たのは事実だと言へる。・・・

 人間のたましひは、いつでも、外からやって來て肉體に宿ると考へて居た。そして、その宿った瞬間から、そのたましひの持つだけの威力を、宿られた人が持つ事になる。又、これが、その身體から遊離し去ると、それに伴ふ威力も落としてしまふ事になる>

 『和漢三才図会』には「眠っている間にふたりの魂が入れ替わった」という伊勢国安濃郡内田村長源寺に伝えられた話が書いてある。

<見ず知らずの二人の旅人が、暑さをしのぐために長源寺のお堂のひさしの下に入って一緒に休んだ。ふたりは深い眠りに入り、いつのまにか日が暮れた。人に起こされて、二人は同時に目を覚ましたが、そのとき魂が入れ替わってしまった。

 二人は魂が入れ替わったまま家に戻ったが、顔かたちはそのままでも、声の調子や話し方が違い、家人から当人として認めてもらえない。二人はふたたび長源寺にもどり、同じようにお堂で眠りについたところ、夢の中でふたたび魂が入れ替わり、もとに戻った>     

 南方熊楠はこうした説話に興味を持ち、「和漢三才図会」の話を繰り返し取り上げている。また、彼自身も、同様な霊体験があったらしい。

<七年前厳冬に、予、那智山に孤居し、空腹で臥したるに、終夜自分の頭抜け出で家の横側なる牛小屋の辺を飛び廻り、ありありと闇夜中にその状況をくわしくみる。みずからその精神変態にあるを知るといえども、繰り返し繰り返しかくのごとくなるを禁じえざりし、その後、Frederic W.H.Myers,"Human Personality"1903,vol.ii,pp.193,322を読んで、世にかかる例少なからぬを知れり。

 されば蒙昧の民が、睡眠中魂が抜け出づと信ずるは、もっともなことにて、ただに魂が人形を現して抜け出ずるのみならず、蝿・蜥蜴・蟋蟀・鼠等となりて、眠れる身を離れ遊ぶという迷信、諸方の民間に行わる。

 したがって急に眠人を驚起せしむれば、その魂、帰途を誤り、病みだすとの迷信、ビルマおよびインド洋諸島に行われ、セルビア人は、妖巫睡眠中、その魂蝶となって身を離るるあいだ、その首足の位置を替えて臥せしむれば、魂帰って口より入るあたわず、巫、ために死すと伝え、ボンベイにては、眠れる人の面を彩り、眠れる女に髭を書けば罪は殺人に等し、と言えり。

 二十年前、われ広東人の家に宿せし時、彼輩の眠れる顔を描きて鬼形にし、またその頬と額に男根を画きなどせしに、いずれも起きてのち、鏡に照らして大いに怒れり。その訳を問いしに、魂帰り来るも、自分の顔を認めず、他人と思って去る虞(おそれ)あるゆえとのことなりし>(夢中脱魂)

 魂が抜け出したり、入れ替わる話は、「源氏物語」や「今昔物語」などによく出てくるが、現代の小説や映画にもたびたび描かれている。たとえば東野圭吾の「秘密」では、バスの転落事故で死亡した母親の魂が生き残った娘の体に入る。

 つまり、36歳の女が12歳の娘の身体を持つことになってしまい,主人公の父親はその秘密を守りながら、娘の体を持った妻と共に生きていくことになる。娘が結婚相手をみつけたところで、母親は娘の魂を呼び戻し、娘の肉体と主人公の父親に永遠の別れを告げるわけだが、もっともこれには現代小説らしい結末が用意されている。

 大林宣彦監督の尾道を舞台にした映画「転校生」(山中恒原作「おれがあいつであいつがおれで」)も魂が入れ替わる話だ。こちらの方は、思春期まっさかりの中学生の男女の魂が、自転車事故の接触をとおして入れ替わる。その結果、男の子であるはずの少年が急にしおらしくなり、女の子はまるで男勝りの行動をする。

 女の子に姿をかえた少年は、「あるべきものがない」のに驚き、男の子に姿をかえた少女は「ないはずのものがある」のに驚く。少年の肉体に入った少女は、じぶんの体の秘密がすっかり少年に知られたことに羞恥を覚え、好奇心の強い少年に乱暴に扱われていないか心配になる。同様の羞恥と心配は少女になった少年にもある。

 二人は家庭で珍騒動をまきおこし、学校でも級友達から「オカマ」だとか何とかからかわれるなかで、次第に異性への理解を深め、特別な友情を育んで行く。最後はまた魂が元に戻るわけだが、その過程で二人の魂はやわらかく成長しているわけだ。この映画はとても心に残っている。


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