橋本裕の日記
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| 2004年08月15日(日) |
オリンピック休戦のすすめ |
第26回アテネオリンピックがいよいよはじまった。アテネで開催されるのは二回目だという。一回目は1894年で、これが近代オリンピックの始まりだった。じつに104年ぶりのアテネでの開催である。
オリンピックの歴史を遡ると、古代ギリシャで行われていた「オリンピア祭典」にまで遡る。こちらの方は紀元前776年から紀元392年まで、1168年間、293回も続いた。これはゼウスの神に捧げる神聖な儀式で、参加者はギリシャ市民権を持つ男性だけだった。
最初は1スタディ(191.27m)を走る競技だけだったが、やがて長距離走やその他の陸上競技、そしてレスリングなどの格闘技などが加えられて行った。選手は全裸で競技をし、優勝者にはオリンピア神殿に生えているオリーブで作られた冠が与えられたという。
こうした男性の競技の他に、女神ヘラに捧げられる女性のみによるオリンピックもあった。こちらの参加資格は「処女であること」だけだったそうだ。観戦が許されたのは、男性と未婚の女性だけだった。こちらも全裸で行われたという。さぞかし美しい眺めだっただろう。古代ギリシャに男性として生まれたかったものだ。
神に捧げる神聖な儀式として出発した古代オリンピックも、アテネが古代ローマ帝国に滅ぼされてからは、その内容が次第に変質していった。もともと神聖な平和の祭典だったが、戦車競技なども加えられ、見せ物中心になって行った。
やがて、賭博や買収やワイロ、八百長など、なんでもありの状態になってしまった。このため、392年にキリスト教を国教にしたローマ帝国の皇帝テオドシュウス1世は、翌年の第293回大会でオリンピックを中止させた。
古代オリンピックで有名なのは「オリンック休戦」が厳密に守られたことだろう。アテネとスパルタが覇を競ったペロポネソス戦争の最中でも、休戦は守られたという。残念ながら、近代オリンピックにはこの約束はない。それどころか、戦争のために中断したこともある。東西冷戦によるアメリカやロシアの不参加もあった。
今回のアテネ大会も、テロの不安がささやかれ、ものものしい警戒体制のもとで開催されている。イラクではアメリカ軍がサドル師一派と戦っており、サドル師自身の負傷説も流れている。
五輪が戦争の抑止力とならず、商業主義やナショナリズムを煽り立てている面がある。私たちがもう一度、国際社会の協調と平和いう初心に返れるかどうか、それは五輪の運命だけでななく、国際社会に生きる私たちの運命にもかかわっている。今回のアテネ大会が平和に向かう人類の新しい一歩となることを、終戦記念日の今日、心から祈らずにはいられない。
(参考サイト) http://www.elrosa.com/tisen/51/51405.html
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