橋本裕の日記
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2004年07月29日(木) コンクリート文明と木の文化

 シャルマさんが、東京に抱いた感想は、「巨大なコンクリートジャングル」だということだった。「喪失の国、日本」から引用しよう。

<東京はコンクリートの大きなビルが林立するジャングルである。その中を立体交差の道路が縦横に走り、車があふれ、すべての交差点にシグナルがあり、電子機器の基盤を見るように一切が整然と並んで、信号通りに規則正しく動いていた。まさに巨大なシステムの都に着いたと私は感じた>

 東京だけではなく、コンクリートは日本全土を覆っている。それもそのはず、たとえば1994年の日本のコンクリート生産量は9200万トンで、面積が25倍もあるアメリカの7800万トンを遙かにうわまわっている。面積あたりで比較すると、日本のコンクリート使用量はアメリカの30倍である。

 日本の公共事業費はアメリカの4倍近く、実のところ、アメリカの巨大な軍事費よりも大きい。日本の歳出予算の実に40%が公共事業に充てられている。アメリカでは9%程度、イギリスやフランスでは5〜6%程度に過ぎない。GDP比にすると、日本はGDPの9%を超える。1%にも満たないアメリカの10倍である。

 ダム建設により、海岸線が100メートル以上も後退した。1993年には全海岸の55%が完全にコンクリートブロックやテトラポットで埋めつくされた。こうして日本が誇る美しい海岸線がこの数十年間でまたたくうちに喪失した。日本の川や海が育んできた命のサイクルが急速に滅びつつある。

 どうしてこのようなことになったのか。これもまたシャルマさん流に言えば、日本人があまりにも自らの文化について無知であるためだということになる。日本人はこのゆたかな緑の価値がどれほどのものか分からない。しかし、インドからきたシャルマさんの目には、日本の本当のすばらしさがありありと見える。

<京都からは奈良に向かい、まず興福寺の宝物館でわれわれは古い仏像をみた。インドの神々があふれているのにはおどろかされた。インドラもシヴァもすべて日本までやって来ているのである。その姿はすっかり変わっていたが、像から伝わってくる清冽な精神力はインドよりはるかに強く、ひじょうに芸術的に仕上げられていた>

<法隆寺では、佐藤氏は、この寺が世界最古の木造建築で、立てられている柱の一つ一つが樹木として深山にあったときと同じ方向、つまり東西南北を守って使われていると説明してくれた。そういうふうに使うことによって、建築の耐久性は飛躍的に増すというのである>

<私はそれを聞いてひじょうに感動した。日本人の樹木への深い理解に驚嘆し、同時にそのことが、日本文化すべてに行きわたっているのを直観した。何とした叡智だろう。日本は、思想と美学のすべてが木への解釈と共振している国なのである。「木への理解」と「存在論」とが不可分なものになっているのは、仏教が伝播する以前からのようだった。というのも、インドでは、大樹の樹上は魔物が棲む所だが、日本では神が降りる場となっているからである>

 京都、奈良を見た後、大阪を見ると、それはまさにコンクリートのジャングルとしか見えなかった。そこには「木の文化」の片鱗もみることができなかった。シャルマさんの頭のなかで、京都や奈良と大阪が拮抗し、ギシギシと音を立てた。

 ここでシャルマさんが本に書かなかったことを捕捉しておこう。公共事業が巨大になったのは、政治家と建設業者と官僚の利権が一致していたからである。これによって政治家は政治活動の資金と人出を確保し、業界はもうかり、そして官僚は国会議員や地方の首長になったり、さまさまなおいしいポストに天下ることができる。

 その結果として、日本人はは700兆円もの天文学的な公的借金をかかえることになった。このことを知ったら、シャルマさんは「日本の国民は何という愚かな国民か」とあきれはて、そして「喪失感」をさらに深めたことであろう。

(参考サイト)
http://hayawasa.tripod.com/nagano10.htm


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