橋本裕の日記
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| 2004年07月25日(日) |
裸のつき合いの難しさ |
インドでは裸のつき合いをすることはないらしい。シャルマさんは友人と田舎の温泉宿に行って、一緒に風呂に入ろうと誘われて驚いた。しかも真っ裸になるのだと知って、パニックに陥った。インドで沐浴するときは布をつけている。
「ああ、じゃ、あなたが先に入ればいい。私は外で待っているから。しかしパンツをはいて入ってはいけません。宿の主人が怒りますからね」
インドの場合は逆である。裸で温泉に入ったりしたら叱られるだろう。友人にいわれて、彼はしぶしぶ中にはいるが、結局シャワーも浴びずに退散することになる。二度目の時も、シャワーを浴びるのがやっとだった。友人はさらに、追いうちをかけるように言う。
「宿によっては、男女一緒に入るところもあるのですよ」 「男女一緒に。全裸で、ですか」 「そうです」 「見知らぬ男女同士が、ですか」 「そうです。そして、一つの湯に浸かって世間話をするのですな」
男女混浴もあると聞いて、シャルマさんは言葉を失う。彼は自分の両親が一緒に風呂に入るところを想像できない。男女が一緒にいることでさえほとんどないインドでは、混浴などまず、ありえない光景らしい。
日本は「恥の文化」だと聞いていた。そこで、友人に確認すると、友人はうなづいて、「日本人は恥のために自殺できる民族なんです。恥は人生最大の不徳ですから」という。しかし、日本人とインド人では「はずかしいこと」の中味がまったく違うようだ。
宴会の席でも日本人はよく裸になる。宴会で紳士然としていることは許されず、むしろ裸に近づくのがよしとされる。そこで人々は上着を脱ぎ、ネクタイを外し、ときにはワイシャツまで脱いでパンツ姿になり、裸踊りを披露する。あるいは手品をしたり、歌を歌う。インドでは歌や手品を披露すれば、乞食のカーストだと勘違いされて、翌日から口を利いてもらえなくなるのが落ちである。
<日本をよく知らないインド人が来日して相手会社の社長が余興をして見せたら、頭がこんがらかってしまうに違いない。最も敬意を払うべき相手が、下級カーストばりに芸の真似をして見せるのだから。さらに絶望的なことは、相手が、自分にも同じようにせよと求めることである。インド企業の代表として自信と矜持にあふれて来日したインド人が、着いた早々、下層カーストと同じことをしなくてはならない。頑なになったり、故国へ逃げて帰りたくなる者が出るのもやむを得ない>(喪失の国、日本)
実際、在日インド人の技術者が、自分の勤務する企業を相手に訴訟を起こした例もあるという。たしかに、インド人が自分のプライドを棄てて、こうした日本のビジネス習慣を身につけることは容易ではない。多くの場合、耐えられないことらしい。
しかし、「郷にいれば郷に従え」という言葉がある。シャルマさんは友人のアドバイスに従って、宴会ではヨーガの実演をすることにした。握った右手の親指と小指だけを立てて、それで鼻の左右の穴を交互にふさぎ、片方の鼻から空気を吸って片方から吐く。古くから聖者がやってきた方法だった。それを実演すると、座が盛り上がり、誰もが喜んだが、彼自身はやはり釈然としない。
「日本のビジネスマンは何かといえば酒に誘い、二軒三軒とはしごをし、最後は女遊びで締めくくる。いったい日本人のビジネスマンは妻や家庭をどう考えているのだろうか。彼らは、愛する女性と結婚していないのだろうか。妻や子どもはそれで平気なのだろうか」
シャルマさんは新聞の特派員をしているアラブ系の記者がこう語るのを聞いたことがあるという。彼は在日10年になり、日本人の女性と結婚していたが、午後5時以降は家に帰り、仕事上のつき合いは一切拒否しているという。日本のビジネス文化は一種独特で、なかなか外国の人たちには納得できないものらしい。
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