橋本裕の日記
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| 2004年07月23日(金) |
ビジネスよりも大切なもの |
「喪失の国、日本」を読んでも、ビジネスの話はほとんどでてこない。でてくるのは、食べ物や住居、娯楽といった文化の話である。シャルマさんは花見をしたり、山の中の温泉宿に泊まったり、ゲイバーにまで足を運び、さまざまな異文化体験をしている。
シャルマさんは市場調査会社の社員だが、インドを出発するとき、上司から特別な仕事の指示を受けたわけではないようだ。上司のヴィクラマディティア氏は日本に旅立つシャルマさんにこんなアドバイスをしている。
「われわれが知りたいのは、雑誌に載るような日本経済の最新情報ではないのだ。そういうものは、君も知ってのとおり、正規のルートでいくらでも入ってくる。そうではなく、われわれにいちばん必要な情報は、これからつき合う国とわれわれの文化的ギャップがどのような種類のものかということだ」
「日本では毎日遊んでもいいんだ。新聞や雑誌の広告ばかり見ていてもいい。それをインドに持って来てではなく現地で、日本の中で見、感じることに意味があるのだ。現地にいるということは、生きたさまざまな情報にさらされることだよ。判断にも現地ならではの、無意識下での広い働きかけがある。まあとにかく肩に力を入れないで、リラックスすることだ」
シャルマさんはこの親切な上司のアドバイスを忠実に実行した。ビジネスをしようと思ったら、まずその国の人々の生活に触れ、文化や歴史を理解しなければならない。しかもそれを仕事とは思わないで、リラックスして、遊びのように楽しみながら行うこと。こうした姿勢で、シャルマさんは日本での1年8ヶ月を過ごした。だから、「喪失の国、日本」などという内容のある本が書けたのだろう。
もっとも、ビジネスの話がまったくないわけではない。当時、インドの大統領はS・D・シャルマだった。同姓のシャルマさんはその一族に間違えられ、彼のもとにインドでカラオケビジネスを仲介して欲しいという話が持ち込まれたことがある。彼は自分が大統領とは血縁関係ないこと、インドでは決してカラオケは流行しないことを明らかにして、これを断ったという。
インドでカラオケが流行らないのは、インドでは人前で歌を歌うのは乞食のカーストのやることで、一般の人たちは家でくちずさむことはあっても、友人や職場の同僚の前でのど自慢をすることはないという。そんなことをしたら、乞食だと思われてしまうからだ。
また、治安上の問題がある。政府はカラオケボックスのようなテロリストが喜んで秘密の談合場所にするような防音設備の整った貸部屋を許可するわけはない。さらに、政府が許可しても、機械のメンテナンスの問題がある。おそらく機械は分解されて持ち去られ、1週間も経たないうちに建物全体が廃墟と化すだろう。カラオケが商売として成り立つには、ある程度の豊かさと平和がなければならないが、インドはまだこの条件を満たしていないわけだ。
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