橋本裕の日記
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| 2004年06月07日(月) |
あきれた日本の大学生たち |
カナダの大学で長く教鞭をとっていた永谷敬三さんが、1997年にはじめて日本の大学(神戸大学)で教えたときのあきれた体験が、「なかなかの国ニッポン」に書いてあるので、少し引用してみよう。
<200人は収容できる教室を満たす大群衆は私が前に立っても雑談を一向にやめる気配はなく、ベルが鳴ったあとも、ゾロゾロと出入りする。まるで動物園である。二、三分黙って観察していたが変化がないので、ついに「黙らんか、お前ら」と一喝する羽目になった>
こんなことは30年間の教師体験ではじめてのことだという。そして、永谷さんが、「経済学原論」を終了していない者は出ていってくれ」というと、驚いたことに、150人ほどの生徒がゾロゾロ出ていった。
永谷さんは、「原論」は必修科目であり、当然これを履修した上で、専門分野の講義を受けるきまりになっているものだと思っていたが、実はそうではなかった。「原論」はたしかに必須科目だが、卒業までにとればよいらしい。これに、永谷さんは驚いた。
<でも、考えられても見られよ。こんな基礎科目を終えずして他の講義をきいても、身につくものは何もないではないか。専門分野の講義をする先生方も、学生の準備がまちまちであれば、レベルを落とさざるをえない。こうしてヌルマ湯的なカリキュラムが出来上がる。先生も楽、学生も楽という低位均衡である。今世界中で一番態度が悪く勉強しないのは日本の大学生に違いない>
永谷さんの講義に出席する学生は、二週目からは十数名になった。しかし、嬉しいことに、残ったこれらの学生は向学心旺盛で、その中には国際的水準からみても極めて優秀な生徒もいたという。永谷さんは、「普通はこういう小数のスター達が動物園の大群の中に埋没して輝く機会もなく退屈な時間を過ごしているのではないかと気にかかる」と書いている。
永谷さんは神戸大学大学院でも教えたが、修士論文の最終口頭試問を受けるべき学生で当日無断欠席した者が3人もいて驚いた。そして、さらに驚いたことは、大学側が欠席学生の下宿先、実家等に緊急連絡し、日程等を変更して再試験させようとしたことだった。これに永谷さんはキレた。
<ちなみに神戸大学における大学院生の評価は80点から85点の間に限られている。つまり、全員「優」なのである。断るまでもないが、以上は神戸大学に固有の現象ではなく、日本中の大学は今やあり余る収容能力があるにもかかわらず、センター試験、入学試験とスクリーニングにつぐスクリーニングをやっておいて、いったん入った学生は放置し、ろくな教育も施さないで卒業させる>
日本の小・中・高校生の学力は、国際水準でつねにトップに近いところに位置している。しかし、大学生や社会人の学力は先進国中最下位に近い。これは、日本では大学に合格することが勉強することの目的だからである。高校まで「優秀」だった学生が、大学4年間で退化して、原子と電子の違いも分からなくなる。永谷さんならずとも、「この人たちにオンブする21世紀の日本は本当に大丈夫だろうか」と心配になる。
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