橋本裕の日記
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| 2004年06月05日(土) |
対話が育てる豊かな世界 |
数学が思考力の養成に役立つという話を日記に書いたところ、掲示板にTaroさんから次のような質問をいただいた。
<論理的な思考力を養うのに数学が有効なことはわかるのですが、それだけではないだろうとも思うのです。例えば文章を組み立てることなどかなりな思考力を使います。数学とはまた違った思考でしょうか? 数学以外での思考力の養成についてお考えがあればお聞きしたいです>
たしかに、数学は「ものごとを筋道を立てて考える」という思考力の養うにはよい。しかし、それだけでは文章をかくことはできない。何か人に訴えかけ、語りたい内容、いわゆる「テーマ」がなければならない。
まずは「書きたいこと」があり、これをどう表現するかというところで、論理的な思考力が必要になってくる。文章が書きたくなるのは、論理的な思考力があるからではなく、書きたいものがあるからだ。冷静な頭と同時に、胸に溢れる熱い思いがなければ、人は文章など自発的に書いたりしない。
「書きたいこと」は、自然や社会の中で心を開いて生きる中で生まれてくる。そうした社会的な経験や関心もまた、思考力を養う上で重要な要素である。考えてみれば、数学もそうした自然や社会的関心から生まれてきた。外界に対するあくことのない好奇心や関心こそが、思考力の豊かな養分である。
数学を勉強することは思考力を養成するうえで役に立つ。しかし、数学にこだわる必要はない。自然や社会に関心を持ち、そのあり方やしくみについて考え、そしてこれを文章に表現することで思考力は育つ。こうした気持で、毎日日記を書いていれば、思考力は確実に伸びるのではないだろうか。
思考力をつけるために「書くこと」は大切だが、もうひとつ大切なことを付け加えておこう。それは「対話」することだ。プラトンによれば「思考とは自分自身との対話」だそうだが、実のところ、対話の精神がなければ、いくら文章を書いても、数学を勉強しても、「思考力」は育たない。
私たちは思考力を育てるためだけでななく、他者との豊かな関係を構築し、人生を楽しむためにも、「対話する精神」を大切にしたいものだ。
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