橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
大学と大学院で10年間ほど「物理学」を勉強したおかげで、サイエンスが何であるかということについては、一応専門家としての見識が得られた。だから、世の中に多く出版されているエセ科学の本の杜撰な正体を見抜くことくらいはできる。
経済学については、私は専門的な訓練を受けたわけではない。だから、世の中に多く行われている学説のどれが正しいのか、にわかにはわからない。分かることは、さまざまな学説があり、一応は学問的な客観性を装っていても、そのいずれもが主観や希望的観測から自由だとはいえないのではないかということである。
そうしたなかで、私が信頼をおいているのが、私よりも若く、しかも最もノーベル賞に近いといわれているプリンストン大学教授のポール・クルーグマンだ。彼の本は論理的でわかりやすく、しかも実践的である。彼の著書を読んでいると、世界経済の動きが手に取るように見えてくるから不思議である。そればかりではない。エセ経済学と本物の経済学の違いも少しずつ分かってくる。
クルーグマン教授によると、国際経済学について書かれた論文や書物の多くが、専門的な立場から言うと、とても是認できないような俗説の垂れ流しだという。そしてこうしたさまざまな誤った学説が、経済界や政界で影響力をもつ人々のあいだでもてはやされ、企業活動や政策に影響を及ぼしている。そのなかでももっとも影響力のある俗説が「競争力がすべてを決めるという盲信」だという。
クルーグマン教授は各国は国際競争力を失うのではないかといつも不安に怯えているが、こうした懸念は、実証的に見て、ほとんど根拠がないという。そればかりか、「競争力にこだわるのは間違いであるというだけではなく、危険であり、国内政策を歪め、国際経済システムを脅かしかねない」と指摘する。
競争力という観点から政策を考えていくと、国内政策、国際政策を問わず、医療制度から通商にいたる幅広い問題で、経済政策が直接、間接に間違った方向に導かれていく。しかし、現に、多くの経済学に関する著作がこうした立場から書かれており、多くの人々をこの盲信に駆りたてている。
そして競争力という主張は今や世界のオピニオンリーダーのあいだにまで広がっている。かって、クリントン大統領は「世界の各国はグローバル市場で競争を繰り広げている大企業のように競争している」と発言した。欧州委員会のドロール委員長は、EC首脳会議で、「ヨーロッパの失業率が高いことの根本的な原因は、アメリカと日本に対する競争力が劣っているからだ」と発言した。これについて、クルーグマンはこう書いている。
<こうした見方を、経済に詳しいと自信をもっている人たちが、当然のこととして受け入れており、この見方に真剣に疑問を投げかける者がいるとは、考えてもいない。21世紀に向けたレースに敗北すれば大変なことになるとアメリカの国民に警告する本が、何ヶ月に一度は最新のベストセラーとして登場してくる。(略)
世界市場で成功を収めるかどうかで、各国の経済的な命運がほぼ決まるというのは、仮説にすぎず、真実だとはかぎらない。そして、現実の問題として考え、事実の裏付けを見ていくなら、この仮説はまったくの間違いである。(略)
先進国のほとんどで、交際競争力への懸念が高まっているが、それを裏付ける事実があるわけではなく、逆に、的外れであることを示す大量の事実があるなかでも、そう信じられているのである。しかし、そう信じたがっている人たちが多いのも、明らかだ。競争力の教義を説く人たちが、主張を裏付けようと、ずさんで間違いだらけの数値をあげる傾向があることを見れば、この見方を信じたいという欲求がいかに強いかがわかる>(「良い経済学、悪い経済学」日経ビジネス文庫、以下の引用も同じ)
それでは、すでにリカードがその間違いを理論的に証明しており、大学の経済学の教科書を読めばわかる明白な誤りを、どうしてまともな経済学者が正そうとしないのだろうか。それはまともな経済学者が書く文章があまりにむつかしすぎて、一般の人にはわかりにくいからだという。
クルーグマンは、ある俗流経済学者が「運がよかったんだ。経済学者は文章が書けないから」と語ったという話を聞いたことがあるという。こいれを聞いて、クルーグマンは「経済学者以外の読者を対象に、明解で、効果的で、楽しくすらある評論を書かなければならない」と決意した。
<読者に予備知識があると想定したり、経済学の権威にたよったりしてはならず、まったくの白紙の状態から議論を組み立てていかなければならない。そして最後に、正しいものでなければならず、揚げ足取りや大向こう狙いであってはならない。まともな経済分析がどういうものであるかを世界に示すことが、エッセイの目標だからだ。(略)
私の現在の立場に似た例をさがすなら、スティーブン・ジェイ・グールドがあげられる。グールドが学者としての評価を得たのは、「断続平衡説」によって、進化がつねに一定のペースで進むのではなく、時期をおいて爆発的に進むと主張したからである。生物学の分野では、グールドはこの主張によってラジカル派に属することになった。しかし、幅広い読者向けに執筆するようになると、創造説の主張に対して進化論の基本を擁護する役割を担うべきだと考えるようになった>
さいわい、天はクルーグマンに二物を与えた。それは一流の独創的な学者であることと、そしてこのこととはなかなか両立しがたいのだが、幅広い知識をもち、複雑な現象の本質を筋道を立ててやさしく、面白く語ることの出来る、一流の文章家としての資質である。私は彼の著作によって経済学に目を見開かれたのだが、世界もまた彼から多くのものを受け取ることになるだろう。
|