橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2004年05月24日(月) 軍服の女と裸の男

 裸のイラク人男性の首にひもをつないで床に転がし、犬のように引いたり、くわえたばこ姿で裸の男性の身体を指さして笑っている写真で有名になった女性兵士、リンディ・イングランド上等兵(21)は、ウエストバージニア州の田舎町に住む典型的なプアーホワイトだという。

 イラク戦争中に救出劇で有名になったジェシカ・リンチと同郷で、年も同じ。高校を卒業して軍に入った動機が進学のためというのも共通している。一方は英雄になり、一方は軍法会議にかけられて国の恥だと罵られているが、二人の運命は紙一重だったといえよう。

 米軍兵士のイラク人への虐待が次々と明るみに出ているが、これはなにもアメリカ軍兵士に特有なことではない。アンナ・ハレントは「ナチスの凶悪犯もみんな平凡で善良な顔の持ち主だった」と書いている。虐待を加えていた兵士達もごく平凡な市民だったのだろう。

 どちらかといえば、彼らは社会の底辺の人々に違いない。軍隊に入れば奨学金がもらえるし、その他、さまざまな特典がある。国籍を持たない若者は国籍がもらえるし、その恩恵は年金や社会保険というかたちで家族にも及ぶ。病気の母親の入院費を浮かすために志願したというケースもあるようだ。

 本来は社会的弱者である彼らが、軍隊に入り、軍服を着ると、たちまち「強者」となって、弱者である占領地の人々を虐待するようになる。軍服を着た女は裸の男よりつよい。写真は軍服のもつこの魔力を見せつけた。じつは弱者を強者に仕立て上げる装置はこの社会にたくさんある。階級や地位なども、ひとつの「軍服」だと言ってよい。

 気になるのは、最近日本でも「強者の論理」がずいぶん幅を利かせていることだ。「自己責任」なども典型的な強者の論理である。そして、とくに弱者である人たちが、この強者の論理を振りかざすことが多い。なぜ、そうなるのか。

 一つには、自分を「弱者である」ということを認めるのがつらくて、あえて「強者である」と考えたいためだろう。いわゆる弱者の自己欺瞞である。私はこれを「エセ強者の論理」とよぶ。表向きは「強者の論理」のようでいて、じつは「弱者の論理」でしかないわけだ。

 そして、そのことを確かめるために「弱者」が行う典型的な行動が「いじめ」や虐待である。自分より弱い立場の人間をいじめることによって、自分が強者であることを確認したいのである。だから、いじめもまた、「エセ強者の論理」である。

 こうしたエセ強者の論理がはびこるのは、何もそれが人間の本性だからではない。社会がそれを作り出しているのである。それは社会そのものが力がすべてであるという「強者の論理」で動いているからだ。こうした論理は「戦争の論理」でもある。こうした非人間的で暴力的な仕組みを変えなければ、社会の未来はますます暗いものになるだろう。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加