橋本裕の日記
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2004年05月21日(金) 友あり、遠方より来たる

 日本は島国で閉鎖的だといわれるが、一方では外来思想を受け入れて自らの肥やしにするという豊穣な受容性も備えていた。外来の者をたんによそ者とみるのではなく、これを「客人」としてあつくもてなすという習慣が古来よりあった。

 折口信夫によれば、客人(まろうど)は「まれびと」つまり「稀(まれ)に来る人」の意だという。そして「まつり」は、こうした遠来の客である「まろうど」をもてなすところから発生したものだという。日本の祭りに欠かせない御神輿にも、「まろうど」を乗せて見せて回る、いわば一種の饗応だと考えられる。

 こうした外者歓待の思想は『アイヌ神謡集』や沖縄の民謡の中にも残っているという。風土記や紀記にもある。たとえば古事記には、「より来る神」(少彦名神)が海の彼方から訪れ、大国主命とともに国造りを行い、再び海の彼方へ帰ったとある。古代貴族の名前には「麻呂」のつくものが多いが、これも「まろうど」と関係があるようだ。

 折口はこれをさらに祖霊信仰に結びつけて、この「まれびと」に対する信仰が、日本の民俗信仰の根幹にあると考えた。今私の手元にある折口信夫全集第一巻「国文学の発生」を見ると、こんなことが書いてある。

<まれびとは古くは、神をさす語であって、とこよから時を定めて来り訪ふことがあると思はれていたことを説こうとするのである。幸いにして、この神を迎へる儀礼が、民間伝承となって賓客をあしらふ方式を胎んで来た次第まで説き及ぼすことが出来れば、望外の欣びである。

 てっとりばやく、私の考えるまれびとの原の姿を言へば、神であった。第一義に於いては古代の村村に、海のあなたから時あって来り臨んで、其村人を幸福にして環る霊物を意味していた。(略)

 我が国のまれびとの雑多な内容を単純化して、人間の上に翻訳すると、驚くべく歓ぶべき光栄を忝うした貴人の上に移される。賓客をまれびとと言ひ、賓客のとり扱ひ方の、人としての待遇以上であるのも、久しい歴史ある所と頷かれるであろう。

 主人をあるじと言ふのは原義ではない。あるじする人なるが故に言ふのである。あるじとは、饗応の事である。まれびとを迎えて、あるじするから転じて、主客を表す名詞の生じたのも面白い>

 もう十数年前になるが、仏教大学の国文科の学生であったころ、折口信夫に凝って、全集も揃え、とくに第一巻「国文学の発生」などは何度も読んだはずだが、今回読み返してみて、またたくさんの発見があった。主人(あるじ)とは客人(神)をもてなす人のことだというのもその一つである。日本人の根本にある信仰が「客人歓待」だということも、十数年前とは比べようもなく、深く心にしみこんできた。

 日本の祭りに限らず、祭りには五穀豊穣への祈りと感謝がこめられている。まろうどである神々は、基本的にこうした幸福をもたらしてくれるものであった。風土記にはまろうどの神を粗末にあったために災いがもたらされた記述もある。遠来の友を大切にあつかうべきだという教訓がそこから読みとれる。

 考えて見れば、日本という国はこうして豊かになっていった。豊かな自然の恵みに加えて、大陸からのさまざまな文化・文明の伝来が、この国を豊穣なものにしていったのである。近代日本の西洋との出合いにもそうしたたくましさと、ふところの深さが感じられる。


橋本裕 |MAILHomePage

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