橋本裕の日記
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| 2004年05月10日(月) |
賢いドイツと愚かな日本 |
日本とドイツは第二次大戦の焼跡の中から立ち上がり、奇跡の経済復興をはたした。いずれもアメリカの庇護のもとでの快挙である。両国ともいまだにアメリカ軍が駐留しており、完全な独立国とはいえない。しかし、今度のイラク戦争への対応でもわかるように、アメリカの属国の身分に甘んじている日本に対し、ドイツはアメリカに対等に意見を言えるだけの地位を築いている。日本とドイツのこの差はどこから生まれたのだろうか。
遡ってみると、1885年のプラザ合意の時、レーガン大統領はアメリカに巨額の貿易赤字をもたらしているのはドル高が原因だという主張のもと、これを是正するために、貿易黒字をため込む日本とドイツに協調利下げを求めてきた。日本は素直に応じたが、西ドイツのカール連銀総裁はこれを拒否した。アメリカの財政赤字の原因はアメリカが実施した大幅な減税と厖大な軍事費だとして、むしろアメリカに政策転換をもとめた。
西ドイツの主張は正統派経済理論の立場からは正しかった。日本の政治家や官僚も西ドイツの主張が正しいことを知っていたはずだ。しかし、当時の中曽根首相(在任82,11〜87,11)はドイツに同調するのではなく、アメリカにすり寄っていった。あくまで、アメリカとの同盟関係を重視することが戦略上大切だと考えたのである。「日本はアメリカの不沈空母だ」という発言まで飛び出した。そして日本はアメリカから要求されるまま、貿易黒字を米国債の購入にあてるようになった。
今、小泉首相はブッシュの忠犬ぶりを発揮しているが、当時の中曽根首相もこれにおとらぬアメリカ追従だった。ドイツという敵役がいたので、ますます日本の首相の忠犬ぶりが目に付いた。レーガン大統領の私邸に招かれた中曽根首相は、アメリカ大統領との親密な「ロン、ヤス」の関係にご満悦だった。そうした一方で、国内の右派勢力におもねるように、靖国神社参拝を続けた。
しかし、85年のプラザ合意がその後の日本を低金利の呪縛の中に追い込み、バブル発生とその崩壊へと導いていく。アメリカ一辺倒の外交は、日本からますます自立性を奪っていった。日本はアメリカから一人立ちする機会をこれによってつみとられたと言ってもよい。そして戦争責任問題に正面からむかいあわず、ODAという援助をちらつかせるだけの日本は、アジアの近隣諸国からも信頼されないようになった。
対照的にドイツはこれを契機にアメリカから一人立ちしていった。戦争責任に正面から向かい合い、むしろこれをバネにしてフランスなど近隣諸国との友好に力を入れ、アメリカ経済への依存をたちきるべく、ユーロ経済圏の創設にむけてしたたかな外交を展開した。ソ連崩壊の時には、北方領土問題で足踏みしている日本を尻目に、一気に東西ドイツの統一を果たした。プラザ合意から30年近くを経た現在、ドイツは自らが主導権を発揮して作り上げたEUを足場に、アメリカに一歩も引かないだけの存在感をもつ国になっている。
いまや日本の国際的評価はほとんど地に落ちている。靖国神社参拝に拘る小泉首相の外交センスのなさには唖然とするが、そうした中で、アジアでは日本にかわって中国がアジアの盟主としての重みを増している。その上、アメリカも日本から中国重視へとかわりつつある。アメリカばかりに尻尾をふっていると、やがてアメリカからも見捨てられ、世界の笑いものになるしかないだろう。
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