橋本裕の日記
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| 2004年05月06日(木) |
助けることは助かること |
もう何ヶ月も前のことだが、名古屋駅近くのホテルのレストランで知人と夕食をしていたら、隣のテーブルに若い女性と年輩の男性が座った。何となく気になってちらちらと眺めていたが、どうも親子のようでもない。恋人同士にしては男がおじんくさくて不釣り合いである。
彼らが去った後、「あれが援助交際かな」と水を向けると、知人も「私もそう思う」と同意した。若い女性は高校生か大学生だろう。食事の後、何が行われるのか、大方想像がつく。はっきり言えば、お金で相手の女性を性的にもてあそぶ権利を買うのである。
これを昔なら「売春」というが、男の方から言えば「買春」である。しかし、こんな言葉は聞いたことがない。こちらの方面のボキャブラリーがとぼしいので、他にどんな言葉があるのかつまびらかではない。
それにしても女性をお金で自由にしておいて、「援助交際」とはよく言ったものだ。こういう薄汚れた行為に「援助」などという言葉を使うのは馬鹿げている。高校生達は「エンコウ」と言っている。こちらの方がぴったりする。漢字にすれば「艶交」「厭交」「演交」などさまざまに浮かぶ。
そんなことを考え、眉をひそめてみたが、もちろん私も若い女性と交際してみたいという願望がないわけではない。しかし、そんな奇跡はおこるわけがないのであきらめている。もちろん「エンコウ」などできるわけがない。そんなことをしたら、私のアイデンティは崩れさり、私は一生自分を許せないだろう。これは自尊心とプライドの問題だ。
こうしたいかがわしい「エンコウ」はともかくとして、私は理想的な「援助」というのは本来の意味で「援助交際」と呼べるのではないかと思っている。「援助」というのは一方的なものではなく、そこに心の交流が出来てはじめて完全なものになる。
大切なのは物質やお金ではなく、そうしたものを仲立ちにした心のコミュニケーションではないか。ペシャワール会の会報や中村哲さんの著作を読んでいると、結局「援助」とは「援助交際」だという気がしてくる。
ボランティア活動家の草分け的存在で、「風の学校」を主宰していた中田正一さんが、中村医師にくりかえし語ったというエピソードがある。中田さん自身の文章を、中村さんの「アフガニスタンの診療所」から孫引きしておこう。
<ある時、三人の若者が山の中で吹雪にあい、遭難しそうになった。C君はぐったりして動けなくなった。とほうにくれたA君、B君のうち、A君は頭の良い人で、「このままでは皆が危ない。ぼくが一人でさきにようすを見てくる」と言って、二人をおいて身軽に行ってしまった。
ところが、待て暮らせどもどってこない。残されたB君は、「まあ仕方がない。ともかく凍えるよりは」と、たおれたC君を背にしてとぼとぼと雪の中を歩きはじめた。さいわいB君もC君も救助隊に助けられたが、途中で彼らが遭遇したのは、なんと先に一人で進んだA君の死体だった。
その時、B君が電光のようにさとったことがある。「ぼくはC君を助けるつもりで歩いていた。だが、じつは背にしたC君の体の温もりであたためあい、自分も凍えず助かったのだ」>(中田正一、「国際協力の新しい風」岩波新書)
この話は中田さん自身が若いとき何かで読んだものらしい。「人のため何かしてやるというのはいつわりだ。援助ではなく、ともに生きることだ。それで我われも支えられるのだ」というのが中田さんの持論だったらしい。中村医師はこれを受けて、「現地は外国人の活躍する場所ではなく、ともに歩む協力現象だ」と書いている。
イラクでストリートチルドレンの世話をしていた高遠さんも、きっと同じ気持だったのではないだろうか。問題は自衛隊や、自衛隊を派遣した政治家たちに、この気持があるかどうかである。この気持の欠けた援助は、結局相手の心に届かないし、与えた方もほんとうの喜びを味わうことはないのだろう。
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