橋本裕の日記
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| 2004年04月28日(水) |
若者よ、荒野を目指せ |
世の中にはすばらしい人がいるものだ。ペシャワール会の中村哲さんの本を読んでいて、しみじみそう思ったものだが、千々石ミゲルさんが掲示板に書き込んでくれた国際ジャーナリストの浅井久仁臣(あさいくにおみ)さんのプロフィールを読んでも同じ思いがした。
<愛知県岡崎市生まれ。AP(米)通信記者を経て76年、フリーランス・ジャーナリストになる。レバノン内戦、イラン・イラク戦争、北アイルランド紛争を取材、新聞・雑誌・テレビなどに発表。1980年代から1993年までTBSテレビの契約特派員として湾岸戦争、旧ユーゴ内戦を報告してきた。その後、一時的にジャーナリズムから身を引いていたが、2001年9月11日の「同時多発テロ」後、各TV局から解説者としての出演要請を受け、活動を再開した。02年4月、戦火のパレスチナに入り、イスラエル軍の包囲下にあった(アラファト)議長府や大量虐殺疑惑のあったジェニン・難民キャンプに潜入取材、5月にも再度パレスチナ入りし、TBSニュースや『ザ・スクープ』でその内容を報告した。アメリカの対イラク攻撃に備えて11月、現地取材。開戦後は、様々なメディアで解説をしたり、各地で講演活動を行なっている>
浅井さんはこの他に、1977年2月に「生で英米人に触れられる英会話学校」を埼玉県さいたま市南浦和に開校(ASE英会話スクール)し、「欧米人に愛想笑いをしないで喋ろう!」をうたい文句に、現在まで運営しているという。今年も中学・高校の英語弁論大会で入賞者、優勝者を輩出しているらしい。
さらに1995年の阪神淡路大地震の際は、神戸市長田区にテント基地を設けて救援活動を行ない、防災・災害支援ヴォランティア「ACTNOW」というNGOを設立した。学校や町会に「防災マップ作り」「図上想定訓練」を実施するよう呼びかけ、出張指導をしたり、各地で講演活動を行ない、先細り傾向にある防災意識へ警鐘を鳴らしているのだという。また、「パレスチナに車椅子を」のキャンペーンを主宰し、イスラエル軍の銃撃で傷ついた子供等約100人に、一人一人の特性に合わせて現地生産された車椅子を贈っている。
国際ジャーナリススト、英語塾経営、そしてボランティアNGOと、そのいずれの分野でも一流の活動をしている。しかも、三足の草鞋を履きながら、その歩みは一貫している。それは決して「勝ち組」に組みしないということだ。浅井さんの視点は被害者、敗者の側にある。そこにすぐれてヒューマンな精神が感じられる。最後に、「若者よ、荒野を目指せ」と題された最近の彼の文章から一部を引用しよう。
<若者が熱意のあまり突っ走るのは、いわば当然のことです。それは、若者の特権であるといってもいいでしょう。その若者のほとばしる情熱が歴史を変え、新しい社会を作ってきたことは、誰一人として否定できないはずです。若者が情熱の発露として行動を起こし、それが結果的に失敗に終わったとしても寛容に見てやるべきです。俯瞰した視点で助言を与えることは必要ですが、寄ってたかって袋叩きにするなんぞはもっての外です。今回の事件のように、政治家や役人が、それこそ自己責任から逃れたくて苦し紛れに言った「自己責任論」の尻馬に載って野次や罵声を上げていた人たちは、一度冷静になってその辺りを考えてみるべきです。為政者というのは、失政をして都合が悪くなると、マスコミなどをうまく使い、スケープゴート作りをして失政から国民の目を逸らそうとします。今回の小泉さんがまさしくその典型です。でも、今回の人質事件の後に行なわれた世論調査では、小泉さんは人気を挽回しています。
かつては欧米人に対する下らない劣等感もあって尻込みしていた日本人ですが、そんな卑屈な劣等感を微塵も感じさせることもなく、欧米人に伍して修羅場で救援活動をやろうという若者が出てきたことをなぜ素直に喜べないのですかね。欧米人に英語で話しかけられるとお愛想笑いをする「若くない者」の時代は終わりつつあるのです。若くない者はそれではどうしたら良いか。ズバリ、若者が暴れられる場を提供してやることです。その際、大局的に見て助言や叱責が必要であれば、頭ごなしに叱るのではなく一緒になって考えてやるのです。また、間違っても、最終的な責任を彼らに求めてはだめです。身体が動かない分、若くない者はカネと責任負担をすればいいのです。(略)
今日本では、あちこちで我々「団塊の世代」と後輩達の間で世代間格差が表面化しています。それは、いつまでも我々の世代が、「現役」にこだわっているからでしょう。肝要なのは、いかに後継者を育てるか、です。若者が失敗を恐れて冒険をしなくなったら社会は輝きを失ってしまいます。私はこんな情勢だから声を高らかに訴えます。「若者よ、失敗を恐れず、荒野を目指せ!」と>
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