橋本裕の日記
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2004年04月26日(月) 飢饉の村に水が来る

 イラク戦争のとばっちりで、アフガンで活動するペシャワール会の人々の安全が心配だったが、先日届いたペシャワール会報(No.79)に、中村哲さんの「難工事乗り越え、用水路ついに通水」の文章を見て、胸をなで下ろした。

 去年の春から1年がかりでクナール川からの水路工事が行われていたが、3月7日にようやく、堰と取水口水門、さらに全長14キロメートルの水路のうち2キロメートルほどが完成し、600名あまりの現地作業員や職員たち、駆けつけたニングラハル知事らと、貯水池までの通水を確認したという。

<職員の中には元タリバン兵も少なからずいたはずですが、命の前には新政府も反政府派もありません。・・・・昨年11月の「米軍ヘリ銃撃事件」後、「水路現場飛行を避ける」という米軍側の約束にもかかわらず、今日もヘリコプターが、超低空でけたたましく頭上を過ぎて行きます。あらゆる「正義」が白々しく、何やら搭乗する米兵たちが哀れに思われてなりませんでした>

 クナール川はヒンズークシ山脈最大の川で、春先には雪解水が押し寄せてくるので、なんとしてもそれまでに堰や取水口水門を完成しなければならなかった。アフガン20年の中村医師が「弾丸が飛び交う場面で仕事をしたことがありますが、今となってはたいした苦労でなかったように思われます」と書くくらいだから、よほどの難工事だったのだろう。

<水路建設に携わった日本人ワーカー16名、ほとんどが20代の若者たちです。強烈な陽射しと冷たい水の中で、現地の人々と一緒に、汗と泥にまみれて働きました。休日返上、朝は5時に起き、時には夜遅くまで、時には冷たい雨の中で必死の作業が続けられました>

<アフガン人作業員たちもよく働きました。大半が旱魃でやられた村の人たちだったので、「水が来る」という希望もあり、志気が高かったと言えます。また、農民たち自身がすぐれた石工であり、岸壁の石積みや蛇籠の石詰めをたちまち修得し、石工不足の杞憂は苦もなく解消しました>

 水路工事は将来のことを考えて、コンクリートは水門の一部に使っただけで、石組みなどの伝統的な技術にこだわったのだという。これだと今後何十年も村人が自分たちだけでこの水路を維持することが出来る。

 これは中村医師が井戸を掘るときのポリシーでもあった。当時、ヨーロッパのNGOが資金力にものを言わせ、大型のボーリング機械を駆使してさかんに井戸を掘っていたが、そうした近代的な井戸は飢饉になり水位が低下するとたちまち使いものにならなくなり、廃棄された村にNGOの名前の書いた看板だけが立っているだけになる。

 これではいけないと、中村医師は現地の農民達とともに手堀の井戸を掘った。そして掘った後で、かならずその道具も井戸とともに村人に残したのだという。これだと村人は井戸の水が涸れても心配することがない。自分たちで井戸を生き返らせることができるからだ。用水路の建設でもこうしたポリシーが徹底された。作業用の舟まで自家製で作ったという。

<水路は底面幅4メートル以上、上部幅6メートル以上、護岸は高さ1メートルの蛇籠を二段重ねて水路壁とし、この上に土嚢を三段に積んでその隙間に沢山の柳を植えました。こうすれば、数年のうちに柳の根が水路をバスケットのように地下から包んで保護します。わずか2キロメートル区間に植樹された柳は、1万本を超えます>

 こうした将来までも見越したペシャワール会の援助は現地ですこぶる評判がいいようだ。中村医師みずから水浸しになりながら、掘削機を操作する毎日だったという。現地作業員達はこれを見て、「日本人が必死でやっているにどうして我々は休んでいられようか」とがんばった。しかもこうした難工事でありながら、一人の殉職者もださなかった。長年の医療活動や井戸掘りで培われた人命尊重の精神が活かされたからだろう。

 欧米のNGOのなかには国連や自国政府の資金によって、現地の下請け会社にその場限りの施設を作らせ、たんなる実績かせぎをしているものも多いようだ。ユニセフなどでも、組織が大きいために、資金の9割を組織運営にあてているのが実態らしい。つまり募金のほとんどが組織の人件費になっているわけだ。これが欧米型のほとんどのNGOの実態で、中村哲さんは「失業対策」ではないかと書いている。

 そうしたなかで、ペシャワール会は日本側の活動はすべてボランティアを原則としていて、数千名からの会員による募金の実に9割以上が現地での実際の活動に使われている。こうしたすべてを活動そのものに集中する徹底した現場主義もすばらしい。私の日記を読んでいる人で、まだペシャワール会に入会していない人がいたら、この機会に是非入会を考えてみて下さい。

(なお、ペシャワール会と中村哲医師の活動について、「なんでも研究室」の「アフガンの空の下で」にまとめておきました)


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